#有名人の政治利用を許さない

 このところ「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグがマスコミでもネットでも頻繁に取り上げられている。ことの発端は、5/8(金)に一般人がツイッターでそのような投稿をしたことに始まり、その後の一週間でそこに多くの有名人を含むのべ500万ものツイートが同調した、というものである。私はツイッターのアカウントを持っていないのでその仕組みに詳しくはないが、ハッシュタグとはつぶやき(投稿)の分類名もしくは検索用タグ(論文の「キーワード」に相当)のことで、ツイッターなどの不特定多数のユーザーによるSNSでは同調者同士で集まるための掛け声のように用いられているようだ。
 
 私自身がこの関連のニュースを初めて目にしたのは、きゃりーぱみゅぱみゅ氏(以下きゃりー某氏)がこのハッシュタグで自身の発言をツイートしたところ、賛否(;要するに叩きと擁護)の書き込みで大炎上した、というニュースだった。その後も芸能人をはじめとする有名人の多くがそれに続いてこのハッシュタグによるツイートを行い、上記のような状態に至っている。それがニュースとして地上波などのマスコミで大々的に取り上げられ、ついには実際の政治の流れにも影響したとされる(5/18)。ここで重要なのが、発言者である有名人や芸能界はもちろんのこと、マスコミのほぼすべてがこのニュースを肯定的に扱っているのに対して、ネット上では逆に大部分が否定的な感想を挙げている点であろう。
 
 議論の基礎として「検察庁法改正案」およびその抗議の内容を確認しなければならないが、調べた限りざっくりと言うと、検察庁を含む公務員全体の定年を63歳から65歳に延ばす法案の一部が「検察庁法改正案」であり、それに対して特に強く抗議している主張の多くは、「検察庁は行政の頭である政府と独立した司法の機関であり、その関連法の制定に政府が介入することは三権分立の精神に反するので反対」ということのようである。そして、それに対してネット上で見られる否定的な意見の多くが「それに対してなぜ多くの有名人がこぞって反対意見を表明するのか」である。
 
 私をはじめとする一般人の大多数がこのニュースに触れてまず抱く感想は、「この改正案と芸能人・有名人とどんな関係があるのか?」という疑問だろう。特定の業界にとって直接的に利害の生じる法案に対してその業界に属する人間が賛成・反対の声を上げるのであれば理解できる。例えば、再販制度 (再販売価格維持制度)の廃止案に新聞・出版業界と有名作家たちが大反対キャンペーンを行ったことがあったが、これに対して(賛否はともかく)違和感を抱いた一般市民はいなかっただろう。彼らにとって再販制度は利益・収入確保の上で極めて重要な法律だからである。では、今回の件でツイートによる政治発言を行った有名人たちと、検察庁職員もしくは特定個人の定年延長とどのような利害が絡むのだろうか。いろいろと調べてみたが、見えてはこなかった。
 
 直接的な利害関係が見えてこなければ、直接的に利害関係を持つ“黒幕”から指示を受けての発言ではないかと疑うのは自然である。実際には“黒幕”からの指示でなくても、友人・知人からの誘いに同調して政治的な発言をすることもあり得るだろう。特に自身と直接的な利害関係のない法案に対してであれば、軽い気持ちで賛同・同調することは大いに考えられる。事実、先述のきゃりー某氏はそれが実態だったと言明して件のツイートを削除し、この件への幕引きを図ったという。しかしそれは例外的な対応で、ほとんどの発言者は自身の発言を取り消すことなく、中には批判に対して意固地になって反論をしている人物もある。曰く、「芸能人には政治的発言の自由はないのか」「六法全書をすべて読まなければ政治的発言をしてはいけないのか」など。
 
 芸能人に政治発言の自由がないのではない。有名人には自身の知名度が政治に利用されないよう発言を管理する責任があるのだ。少しネットで検索したところ、次のような記事が見つかった。
芸能人も反対の声上げた「検察庁法改正案」って?【イチ押しニュース】
https://asahi.gakujo.ne.jp/common_sense/morning_paper/detail/id=3007
(あさがくナビ:就活ニュースペーパーby朝日新聞
 
タイトルおよび記事の冒頭部を読む限り、検察庁法改正案関連ニュースの解説のようにも読めるが、記事の中に
> 多くの人が反対しているのは「特例」の部分です。
という記述があること、そして
> ‥‥反対の多い改正案を通そうとしていることに「火事場泥棒」
> との批判が強まっています。ふだん政治に関心がない人も、
> 今後の行方に注目してください。
という形で記事が結ばれているところまで読めば、これが「検察庁法改正案に抗議します」という趣旨の主張記事であることは明らかである。タイトルに「芸能人も反対の声上げた」とあること、上記の「多くの人が反対している」「反対の多い」という記載があることは、多くの有名人のツイートがその主張の妥当性を高めるのに利用されていることを示している。これが有名人の政治利用の実例である。
 
 有名人の発言力を利用して世論を誘導・創造することはポピュリズム政治の一形態である。一見民主主義にも見えて紛らわしいが、民主主義とポピュリズムは別物である。民主主義や自由主義には個人の判断と責任が伴う。個人は社会全体を未来にわたって見通したうえで判断を下す責任を持つ。逆に、個人にはそのような判断が下せるよう正しい情報が十分に提供される必要がある。この状態が実現して初めて健全に運用されるのが民主主義であり、個人が情報から遮断されたり誤った情報が与えられ惑わされた状態で運用されるのがポピュリズム政治である。知名度を持つ有名人が直接的に関係しない政治勢力の主張を代弁すれば一般人に誤解をもたらす情報が生み出されることになり、有名人はそれに対して責任を持たなければならない。個人名や肩書を伏せて政治発言をするのは自由だとしても、それをせず社会への影響力を意図して自身の名前で政治発言を行えば、それだけですでに健全な民主主義を害する罪を犯しているのである。「六法全書を読めば許される」という話ではない。
 
 今回最も取り上げられた有名人の一人となったきゃりー某氏は、先述のように件のツイートを削除する際に謝罪も行っている。その謝罪内容は「ファンに不快な思いをさせたこと」という。上記の責任論を鑑みれば加えて「世間を騒がせたこと」について謝罪があってもよかったと思うが、そこまで問うのは少し酷かもしれない。それよりもファンが不快な思いをしたこと、それに対して自身に責任が生じることに気づいて速やかに謝罪などの適切な対応をしたところに彼女の賢明さと真摯な気持ちが見て取れる。特定の主張を売りにしていない有名人が特定の主張をすれば、それでショックを受け傷つくのはファンである。そのことに気づけない有名人が多いことを考えてほしい。加えて、件のツイートの指示を出した“黒幕”が彼女の芸能活動に不利益をもたらす可能性も考えられ、彼女の勇気ある行動に対して私は称賛と心配の想いを抱いている。
 
 もう一人、指原莉乃氏がテレビの生放送で自身にツイートの指示が来たことを告白した。彼女に対しても私は同様に称賛と心配の想いを抱いている。日本の芸能界とマスコミは腐敗しきっており、真摯な態度や公正さといったものは全く期待できない。いつの頃からか日本ではそれが当たり前になってしまっており、芸能界やマスコミが政治的に不公正で偏った発言・報道を行っても、あるいは自国である日本とその国民を不当に貶める一方で韓国などの特定の外国を不自然に称揚する発言を行っても、私はもはや何も感じなくなってしまっていた。けれども今回、少なくともネット上では芸能界やマスコミに対する不信や批判の声、怒りの声を多く見た。それらを見ているうちに、徐々に煮られるゆでガエルになっていた自分を反省しなければならないと思い、この文章を記すことにした。私は民主主義・自由主義を愛しており、明日の我が子らの日本にこの大切なものを残したい。そのためには真摯で公正なマスコミとジャーナリズムが必要不可欠である。そして誇りにできる文化の維持・創造に芸能界と芸能人が重要な役割を担っている。願わくは、この思いを人々と共有したい。そのためにこのハッシュタグを拡散させてください。
#有名人の政治利用を許さない