銀河系の形成(3/3) そして円盤へ

 銀河系と言えば、人々はまずきれいに渦を巻く円盤を思い浮かべる。実は私たちの銀河系がどのような形をしているのかを推測するのはかなり困難なことであるらしいが、お隣のアンドロメダ銀河をはじめとして宇宙にはきれいな円盤型の銀河系が無数にある。宇宙において質量分布がきれいな円盤を形成する理由は、物理学的には解明されている。例えば大質量の重心天体の周りに無数の小質量物体が無秩序に飛び回っている状態を考えると、物体同士が衝突を繰り返し、最終的にどの物体同士でも衝突を起こさない周回軌道をとる形に落ち着く。それが全体で円盤型になるのである。運動エネルギーは輻射などにより系外に放出できるが、角運動量は放出できないため、衝突でキャンセルしきれず最後に残された角運動量が物体を同一方向に回転させることになる。
 
 土星のリングや太陽系の惑星の軌道はそのようにして説明できる。だが、銀河系も同じように説明できるのだろうか。太陽系では、惑星(比較的小さなものも含める)の公転軌道は1年から数百年程度である。40億年の歳月をかければ、地球の近傍の天体は10億周以上回転できる。その過程で軌道の近い天体同士は合体し、あるいは捕えられて衛星となる。しかし遠方の天体はそれほどの回数周回することができず、彗星のように残留角運動量の定める円盤から逸脱した軌道をとる天体も存在している。では銀河系ではどうか。私たちの銀河系は、一周するのにおよそ2億年かかるとされている。これで果たして、系を構成する質量が十分に衝突を繰り返して一方向の角運動量に統一されるところまで到達できるのだろうか。
 
 そこのところについては正直私も明確な答えを得られていない。ただ言えるのは、当初物質は宇宙に均一に分布していたのであり、それが最終的にごく小さな領域に集中して個々の銀河系を形成したということである。角運動量についても当初はほとんど等方的で、目立った回転運動はなかったと言える。そこにたまたま生じた質量の集中が重力によって広範に散らばる質量分布を寄せ集め、ごく狭い領域に殺到させた。その結果それらが比較的頻繁に衝突を繰り返し、運動エネルギーを放出して角運動量を打ち消し合ったのだろう。定量的な推定はできないが、結果的にそれが速やかに実現したことで今の銀河宇宙があるのだろうし、あるいはそれまでに十億年単位の時間がかかったのであれば、それほど速いとは言えないのかもしれない。銀河系同士の間隔は平均して数百万光年であり、数十億年あれば距離の壁を越えられないことはない。
 
 それに関連してもう一つの疑問が生じる。かつて宇宙には物質が均質一様に分布していたというのであれば、現在の銀河宇宙では銀河系の分布がまばらすぎるのではないだろうか。あるいは、銀河系から離れた虚無空間に星や星雲が全く見られないというのは不自然ではないだろうか。例えば私たちの銀河系の大きさは円盤の直径がおよそ10万光年、お隣のアンドロメダ銀河までの距離はおよそ200万光年で直径の20倍、しかしこれは私たちの銀河系に接近しつつあるものであることを考慮し、銀河系の流域をざっくり直径1,000万光年とすると、直径のおよそ100倍となる。その中にアンドロメダ銀河や大小マゼラン雲のようなはぐれ者がいるとしても、それ以外の質量がすべて私たちの銀河系に集中できるものだろうか。
 
 この点について私は一つの説を持っている。それは、現在よりもっと密集して形成された銀河群が宇宙の膨張により間隔を広げて現在に至った、というものである。重要なポイントは、自由な状態にある質量分布は宇宙の膨張に乗っかってその分布を広げてゆくのに対して、束縛状態にある質量分布はそれができず元の大きさを維持し続ける点である。これも宇宙の膨張がエネルギー保存則に従うことから来る帰結である。
 
 太陽と地球の関係を例に考える。宇宙の膨張に乗っかって地球が太陽から離れると、エネルギー保存則により地球は運動エネルギーを失う。すると地球の公転速度がわずかに遅くなり、太陽に向かってわずかに落下する(厳密には、安定軌道が内側に移動する)。その結果ポテンシャル・エネルギーが運動エネルギーに変換され、結局地球は元の公転軌道を元の速度でめぐり続けるのである。地球は太陽の周りを50億年近く回り続けており、その間にも宇宙は膨張し続けているが、それにより地球が太陽から離れて寒冷化しているわけではない。
 
 クェーサーの光は比較的大きく赤方偏移している。それをドップラーシフトによるものだとする主張がしばしばあるが、それは誤りである。地球で観測される背景放射は著しく赤方偏移しているが、これがその放射主体が光速に非常に近い速度で遠ざかっていたからではないのと同じである。背景放射の放射源やクェーサーから放たれた光がはるばる地球に到達するまでの百数十億年の間に、宇宙の膨張に引っ張られて波長が伸びてしまったのである(;重力論的な赤方偏移の寄与もあるだろうが、ここでは無視する)。ということは、クェーサー赤方偏移量はそれができてから現在までの間に宇宙がどれだけ膨張したかを示していることになる。
 
 ではその赤方偏移量はどれくらいかというと、現在までに観測されている最大のものでおよそ8倍、多くは2倍に満たない程度であるという。けれどもこれはクェーサー自体の発光を調べた結果なのであり、クェーサーとして強烈に発光し始める以前からすでに重力による束縛状態に陥っているはずである。さらに宇宙全体の一様性を考えれば、現在銀河系となっている質量集中の大部分がほぼ同じ時期に束縛状態に陥り、やはり同じ時期にクェーサーとして輝きだしたと考えられる。それは現在観測されている最古のクェーサーよりさらに古い時期、さらに宇宙が小さかった時期である。観測された数(の多さ)は観測されやすさの影響を受けており、絶対的な数を示すものではない。先の計算では流域の大きさが銀河系自体の100倍という結果だったが、束縛状態成立後の宇宙膨張が10倍であれば流域は10倍、宇宙膨張が20倍であれば流域は5倍である。流域の大きさが銀河系自体の数倍というのは直観的に納得しやすいスケールだろう。
 
 最後に取り上げる謎は、銀河系の形成にまつわるダークマターについてである。銀河系内の星々は銀河系中心からの距離と関係なくほぼ一定の速度で公転しており、そのためには明るさから推定されるよりも多くの質量が分布していなければならない。この見えない質量分布を担うのがダークマターである。それ以外の理由(例えば複数の銀河系からなる銀河団の挙動、さらに大規模な構造の形成など)により存在が想定されるダークマターもあるようだが、まずはそれらとは区別して考えるべきだろう。ここでダークマターとは、光や電波を放出しないが質量は持っており、長期間安定して存在するものと定義される。例えばブラックホールはこの定義を満たすが、通常ブラックホールはその周囲に強い電磁波を放出する物質の取り巻きを有しており、そのためダークマターとはみなされない。電荷を持たない素粒子、例えばニュートリノなどはダークマターである。
 
 ダークマターの正体として、電荷を持たない素粒子が有力視されている。ただしニュートリノでは軽すぎるので、こんにちまだ確認されていない未知の素粒子ということになっている。けれども私はこの見解に対して懐疑的である。それが銀河系内の公転分布に影響を与えるためには銀河系の内部に局在している必要があり、それは重力的に束縛状態にあることを意味している。けれども第1回の記事で述べたようにビッグバン直後の質量は自由な状態にあったのであり、それが束縛状態に至るためには電磁波を放出できなければならない。電荷を持たない素粒子にはそれができず、したがって今なお自由な状態にあり局在できていないと考えられるからである。ちなみに電子と陽子が結合してできる水素原子も中性だが、水素原子同士は電荷に由来するファンデルワールス力によって衝突し、その際に電磁波を放出することができる。地球上の大気も夜間にはそのようにして少しずつ温度を下げている。
 
 そう考えると、銀河系の内部および近傍に局在するダークマターの正体としては、電気的に中性でかつ電磁波を放出できる中性水素原子が有力なのではないか。という主張に対しては、「宇宙空間に分布する水素原子は波長21cmの電波により検出できる(したがってダークマターではない)」という反論が用意されている。この波長21cmの電波とは、電子ー陽子のスピン反転により放出されるものである。ということは、水素原子単体では放出することができない。これはある程度の密度と衝突頻度を持つガス星雲を構成する水素原子が放出しているのである。実はガス星雲にも属さないはぐれ水素原子が結構残っており、それが単独で銀河系を公転しているのではないか。それも円盤面上だけではなく、バルジの外側から球対称に分布しているのではないか。ごくまれにしかないとしても、分布の体積が膨大であるため総質量では無視できないことになる。
 
 以上3回にわたって、銀河系形成に関する謎に対して一般的になされるのとはやや異なる説を展開してきた。現在の宇宙論すべての土台と言ってもよい一般相対性理論に基づきながら、その分野における通説・ドグマではない仮説をこれだけ立てることができるのである。宇宙論の分野はその解明を志す者にとってまだまだ未開の沃野なのだ。