銀河系の形成(2/3) ブラックホールは実在した!

 銀河系の形成にまつわるもう一つの謎は、その中心にあるという超巨大ブラックホールについてである。私たちの銀河系の中心には、私たちの太陽の400万倍の質量を持つ超巨大ブラックホールがあるという。1年ほど前に「ブラックホールの姿の直接観測に成功した」というニュースがあったことも記憶に新しいが、これは私たちの太陽の65億倍もの質量をもつとされる。宇宙広しといえどこれほど桁外れに質量の大きな天体は他に類がなく、誕生のメカニズムは大きな謎とされている。
 
 けれども実は、それ以前にブラックホール自身の誕生について謎がある。謎と言うよりも疑惑と言うべきかもしれない。こんにち、標準的なブラックホール超新星爆発に際して生じる重力崩壊により生み出されるとされている。けれどもこの重力崩壊という現象が物理的には生じえない、これが一つ目の疑惑である。これは1930年代にチャンドラセカールが提唱した理論に基づくアイデアであり、ある質量よりも大きな白色矮星超新星爆発を起こした際に生じるとされている。しかし、詳細は別記事に譲らせていただくが、この理論は白色矮星によるIa型超新星爆発のメカニズムを説明するものではあっても、それが同時に重力崩壊を引き起こすとするのには無理な論理の飛躍がある。爆発が中性子星くらいを生み出す可能性はあるとしても、それがブラックホールになることはない。
 
 疑惑の二つ目は、ブラックホールそのものの理論の中にある。ブラックホールという概念は100年以上前にアインシュタインが提唱した一般相対性理論に基づくものである。一般相対性理論の中に誤りがあるというのではないが、その中にはいまだ広く知られていない側面がある。その点を追求すると、ブラックホールという存在のあり得なさが明らかとなる。この点についても詳細は別記事に譲らせていただくが、それは重力が原則引力相互作用であり、ゆえにそのポテンシャル・エネルギーは負の値をとることに由来する。(これは一般相対性理論ではなく特殊相対性理論の帰結であるが)エネルギーと質量は等価であるため、負のエネルギーをとる重力ポテンシャル・エネルギーは重力場中の物体の質量を軽減させることになる。ではどれくらいの質量を軽減させることになるかというと、ブラックホールを議論する際に用いられるシュバルツシルト計量で計算して事象の地平線で質量がちょうどゼロになってしまうのである。ということは、ブラックホールがいくら物体を飲み込んだとしても自身の質量が増えることはなく、肥え太ることができない。
 
 ブラックホールの正体である事象の地平線はいわば一般相対性理論における不備であり、そう簡単に実現されるものではない。宇宙はこの不備をうまく回避しており、ブラックホールなどというものは実際には存在していないのではないか。こんにちブラックホールとされている天体は、X線など通常の天体では放射できない高エネルギーを恒常的に放出していることによってそう判断されている。けれどもそれは事象の地平線を伴わなくても高密度・大質量でさえあれば可能なことであり、それらも実際にはブラックホールではないのではないか、と考えていた。ところが、今から1年ほど前、冒頭に記したようなニュースが飛び込んできたのである。その詳細は下記URL:国立天文台のHP等を参照していただきたい。
https://www.nao.ac.jp/news/science/2019/20190410-eht.html
> 2019年4月10日、研究チームは世界6か所で同時に行われた記者会見において、
> 巨大ブラックホールとその影の存在を初めて画像で直接証明することに
> 成功したことを発表しました。
 
 ブラックホールが実在するというのであれば、それを示す確実な証拠はその姿を直接観測する以外にない。そう考えていたので、このニュースを聞いたときは驚いた。と同時に、私なりの理論に基づいてもう一度ブラックホールが生じる可能性を考え直さなければならないと感じた。この点、そう悲観するものでもない。こんにち超巨大ブラックホールの形成メカニズムを説明できる理論はなく、私(;専門家ではありません)も他の専門家も立ち位置的にはそれほど違わないのだから。いや、上記の知見を得ている私はこの分野の専門家たちよりもむしろ優位にあるとさえいえるかもしれない。
 
 糸口は、クェーサーと呼ばれる天体である。私たちの近くにはなく、ゆえに宇宙論的にははるか昔、ビッグバンから間もない時期にのみ存在したと考えられている。それは桁外れに大きなエネルギーを放出しており、銀河系並みの質量をもっていたとされている。そして当然の帰結として、それは私たちの知る銀河系の初期の姿であり、銀河系の中心にあるとされる超巨大ブラックホールと関係があると考えられている。けれども遠くにしか見つからないため、それがどのようなものなのかを観測によって知ることは困難である。
 
 前回の記事に書いたように、ビッグバンの直後には均一であった質量分布がその後の宇宙の拡大によって粗密分布を作り出し、ついには銀河系となる質量の束縛状態が実現する。とすると、この質量の束縛状態が銀河系を形成する過程がクェーサーだということになる。銀河系のスケールの粗密構造が形成される頃、それよりも小さなスケールでは多くの粒子が緩く集散するガス星雲となっているはずである。それらが大規模粗密構造の重力に引っ張られて徐々に中心に終結していくとき、果たしてそれは超巨大ブラックホールを作り出すのであろうか。
 
 状況を単純化して考えよう。球殻構造の質量分布のみを考え、それが少しずつ縮んでゆく、すなわち球の半径が減少していく状況を考える。よく知られているように、球殻の外側には球の中心に質量が集中するのと同じ重力ポテンシャルを、球殻の内側には一様な重力ポテンシャルを作る。球の半径が減少してもこの点は変わらないが、球殻表面の重力ポテンシャルは半径の減少に伴い深くなっていく。そして球の半径が事象の地平線に達すると、この球殻はブラックホールになる、のではなく、重力井戸を落ちることで得たエネルギーを輻射で外部に放出し、質量を失ってしまうだろう。
 
 では、この球殻構造の内部に小さな物体があるとどうなるだろう? 球殻内部の重力ポテンシャル・エネルギーもその表面同様に深く落ち込むはずだが、内部の物体はそれで何らのエネルギーも得ない。速度が増すわけでも、温度が上昇するわけでもない。そもそも球殻内部の重力ポテンシャルが一様ということは、その内側にある質量は球殻から何らの影響も受けないということである。逆に内部の物体もわずかながら重力ポテンシャルを形成し、それが球殻に重力として作用することはある。しかしその影響は球殻側が請け負い、球殻側がエネルギーを受け取るのみである。そう考えると、内部の物体は質量を維持したまま重力井戸を下ることになる。
 
 事象の地平線とはある深さに達した重力井戸のことであり、この手法によれば質量を持つ物体を事象の地平線の内側に落とすことが可能となる。いや、球殻構造の質量の喪失を気にしなくてもよいのだろうか。それは球殻の外側にさらに球殻があればよい。仮想的な球殻が連続的に連なり、それらが徐々に半径を減少させて落ち込んでゆけば、その内側に位置するどれだけかの球殻がある程度の質量を維持したまま事象の地平線の内側に落ち込むこととなり、ブラックホールが形成される。そしてこの状況は、理論的に予想されるクェーサーの在り方とよく一致する。
 
 「内部の物体は質量を維持したまま重力井戸を下る」と書いたが、実際にはその物体も内部に別の物体を閉じ込める球殻なのである。事象の地平線に飲み込まれるまでにはある程度の質量に相当するエネルギーを熱に変換し、外部に放出するだろう。それだけでもとてつもない量のエネルギーであり、クェーサーという異常な天体の特性をうまく説明する。また、その中心部には外部から観測される質量に相当する以上の物質が飲み込まれていることも示唆される。私たちの銀河系の中心にある超巨大ブラックホールの質量は私たちの太陽の400万倍とのことだが、元はその2倍、3倍、あるいはもっと多くの質量だったのだろう。
 
 ところで、クェーサーが超巨大ブラックホールを生み出すのに際して、超新星爆発や重力崩壊のようなイベントは生じないのだろうか。結論から書けば、そのような華々しいイベントは何もないままに発生したブラックホールが粛々と成長していく形になるだろう。超新星爆発や重力崩壊といったイベントは、通常ではありえないような超高密度状態を実現させるのに必要となるものである。というのも、従来想定されていたブラックホールは大質量・超高密度でなければならないからである。けれども超巨大ブラックホールの場合、密度はそれほど高くなくてよいのである。ブラックホールの正体は事象の地平線であり、その大きさは井戸に見立てられる重力ポテンシャルが一定の深さに達する位置として決まる。そしてそれは、基本的には質量の大きさに比例する。しかし空間は3次元の広がりを持つため、例えば100倍重く100倍大きなブラックホールの体積は100万倍となり、逆に密度は1万分の1しかない計算となる。
 
 こんにちの宇宙物理学の専門家は、小規模なブラックホールが衝突・合体を繰り返して最終的に超巨大ブラックホールに成長したという仮説が正しそうだと主張している。けれども実際の宇宙で天体同士の衝突・合体がいかに起こりづらいかを考えれば、何のイベントも起こらずただ宇宙における物質の粗密が明確化する過程で自然に超巨大ブラックホールが形成されたと考えるほうがよほど自然ではないだろうか。
 
 とはいえ、ブラックホールの大きさは銀河規模の質量分布と比べればごく小さく、その中に少なくて太陽の数百万倍という質量が押し込められるのだから、「何も起こらない」という表現は適切でないかもしれない。クェーサーの心臓として恒常的に激しい活動を継続しつつ、しかしそれとは関係なくブラックホールが生まれてゆっくり成長していく。これが私の考える超巨大ブラックホール誕生の描像である。
 
 こうして、宇宙に自発的に生じた物質の粗密が銀河系の素となるクェーサーと超巨大ブラックホールを生み出す過程を説明した。けれどもそれがおなじみの円盤形状を形成するためには、もう一工夫が必要である。それに、銀河同士を隔てる虚無の空間はなぜこれほど広いのか。次回はそのあたりの謎の解明を試みる。