富に関する考察(前編) ;中国人の豊かさの謎

 中国人の豊かさは大きな謎の一つである。つい30年前まで中国人は低賃金の代名詞であったのに、10年前には中国人の爆買いなくして日本の経済は成り立たないとまで言われ、今では中国人の方が日本人より豊かなイメージさえ日本社会に広まっている始末。実際のところ平均的な中国人の所得≒国民一人当たりのGDPは日本のそれの3割程度でしかなく、海外で爆買いする中国人は中国では少数の高所得者だとされている。が、実感として海外で見かける中国人旅行者の数は日本人旅行者よりもはるかに多く、また雰囲気も庶民的でごく少数の富裕層ばかりには見えない。明らかに多数の中国人が信じられない速さで豊かになっている。そして最近、その謎に迫るいくつかの記事を読んだ。

 私は以前からこの謎を不思議に思っていた。そして自分なりに得ていた考えは、中国政府がうまく人民元を刷って国富を増やしているのだろう、というもの。これを下手にやると激しいインフレを起こしてしまいかえって国富を損なうことになってしまうのだが、今の中国は貿易黒字と外貨に満ち溢れており、それが担保される限り人民元をいくら刷ってもインフレには至らない。実のところこのように考えている日本人が結構多いのではないだろうか。

 しかしこのアイデアには腑に落ちない点がある。まず、これは経済に携わる者の多くが思いつくアイデアであるにもかかわらず、実際に成功した国の話を聞いたことがない。日本などは“インフレ目標”が未達なありさまである。それを中国共産党政府が果たしてうまくやれるのか。確かに中国政府は強力だが、かの国の昨今の外交を見ていると、そのように洗練された軽妙な手腕を持っているようには思えない。

 そしてもう一つ決定的なのは、中国政府には自国民を豊かにしたいという動機がないどころか、むしろ自国民を貧しくとどめておきたいと考えている点である。放っておけば上昇するであろう人民元のレートを強制的に米ドルに連動させている(管理変動相場制)のは、国民の所得を抑えて“安い労働力”を保持し続けたいからである。となると中国政府が人民元を大量に刷ったとしてもそれを国民に分配するとは考えられないし、もし仮にそうしたならば何らかの形で私たちがその話を耳にしているはずだ。けれどもそのような気前の良い中国政府の話を私は聞いたことがない。

そして冒頭に書いた「その謎に迫るいくつかの記事」の一つが↓。
https://diamond.jp/articles/-/260205
この謎の答えとして上記の記事では
> 中国人にとっての不動産はそうではない。
> 自分の住居や財産であるというだけでなく、「投資の対象」であり、
> 自分の財産をさらに大きく増やしてくれる財テクの道具、さらに、
> 人生のステップアップに欠かせない「踏み台」ともいえるほど特別な存在で、
> 日本人とは認識が異なるのだ。
>  だから、多くの中国人は不動産購入に目の色を変えて夢中になるし、
> 自分が住む住居を購入しても、それで終わりではなく、2軒目、3軒目と
> 別の不動産も購入しようとする。
と述べている。そして、この10年で価値が少なくとも5倍になっているという不動産(の所有者)の例を挙げている。この話が多くの中国人に当てはまる事実であるとすれば、中国人が急激に豊かになった謎をうまく説明する答えとなる。

 そしてこの記事では次のように続く。
> 前述の調査によると、都市部住民が1軒を保有する割合は58.4%、
> 2軒を保有する割合は31%、3軒を保有する割合は10.5%で、
> 1世帯平均で1.5軒を保有していることがわかった。
だとすると、中国人の都市部住民の4割以上、いや、投資用物件を売却して利益を確定させた“1軒保有者”も合わせればそれよりも高い比率の中国人が急激に豊かになったことになり、海外旅行先で見かける普通の中国人が爆買いを行うほど豊かである理由がうまく説明される。

 これって、要するにバブル経済そのものではないか。「中国のバブル経済はもうすぐ破たんする」という説は最近見なくなったが、実態は「中国では今なおバブル経済が順調に継続している」だったということなのか。納得する半面、腑に落ちない点もある。私は2016年に遼寧省省都瀋陽を訪れ、その郊外に際限なく作られてゆく大規模な集合住宅群を見てきた。そして「中国の家賃相場は物価水準を考慮してもかなり安いだろう」と推測した。未利用の平地が豊富にある中国で大量の集合住宅群を作り続けていては、住宅不動産の価値は低下するのではないだろうか。

 さらに、
> 2020年5月に中国人民銀行が発表した都市部住民世帯を対象とした調査によると、
> 都市部住民世帯の住宅保有率は96%にも上っている。
という記述もある。それが本当なら、都市部でも賃貸住宅に住む世帯はわずか4%ということになる。逆側の視点に立つと、中国人の都市部住民の4割以上が持つ二つ目以降の不動産はほとんどが賃貸しされていない、ということだ。いうまでもなく日本の都市部住民の多くは賃貸住宅に住み、毎月家賃を支払っている。日本で二軒目以降の不動産を持つのは家賃収入を期待する投資行為である。しかし中国ではその家賃収入が期待できず、売却益(いわゆるキャピタルゲイン)を期待しての“投機”行為となる。危ういことこの上ない。とはいえ、この中国人の“持ち家信仰”(中国では「不動産が買えないと男性は結婚できない」そうだ)こそが土地バブル経済を安定的に継続させている主要因だとも考えられ、投資家に良い環境を提供しているのかもしれない。

 上の記事の著者による別の記事↓では、
https://president.jp/articles/-/42550
> 上海市なら、中心部以外にある中古物件でも日本円で5000万円以上、
> 新築ならば1億円以上はする。
> 中国の都市部では、戸建ては富裕層以外にはあまりないので、
> これはマンションの価格だ。
所得水準を考慮しない絶対価格で比較しても、これは東京都心のタワマン物件を上回る金額である。ちなみに賃貸物件だと上海市内で
> 家賃5500元(約8万5000円)、2LDK(広さ90平方メートル)
 ;平米数については割り引く必要があるそうで、「2LDK」として見るのが妥当
とのことで、所得水準を考慮して東京より少し高い程度だろうか。

 不動産バブルと言えば日本では前世紀80年代末の超好景気を指すが、実は00年代中頃に「新築ならば1億円以上はする」という上と同じフレーズが韓国ソウルについて言われていた。日本のバブル時代はハリウッド映画(バックトゥザフューチャーなど)にも爪痕を残すほど日本の技術力・経済力は世界に存在感を持っていたし、00年代以降韓国では半導体をはじめとするハイテク産業が大きく発展している。そして今日の中国の製造業は文字通りに世界を席巻している。そう考えると、特にアジアにおいて製造業と不動産バブル経済は考えられている以上に密接な関係にあるのではないだろうか? (後編に続く)