インフレの理由(3/3) 物価上昇にどう向き合うべきか

 モノが不足して仕方なく物価が上昇し、労組には逆らえない企業は仕方なく従業員の賃金を上昇させ、十分ではないが収入の増えた一般市民は仕方なく高くなったモノを買う。こうして、社会を循環する通貨の総額は増大する。誰も新たな通貨を大量投入していないし、誰も破綻するほどの大損を強いられているわけでもない。が、それと同じ現象が生じる。これが(良い)インフレである。電気回路の電流を増大させるのに新たな電子を投入する必要がないのと同じである。経済学の分野では、この状況を「好景気」とも呼ぶ。実際アメリカでは2021年以降の円キャリートレードなどによる資金流入もあって株式市場が活況を呈しており、その恩恵にあずかった米国企業にとっても米国市民にとっても、それほどの痛みは伴わなかったのかもしれない。2021年以降のアメリカの状況はもっと複雑だったのだろうが、アメリカでのインフレを私なりに切り取ったアウトラインはざっくりこのようなものである。
 翻って日本では、無印バブル崩壊後30年以上にわたってこのような現象を経験していない。その原因は、強い従業員保護の法律が労働組合を弱体化させ、賃金上昇の可能性が失われたこと。加えて、日本の優秀な商社や小売企業が海外から安くて高品質のモノを豊富に仕入れてきて、物価上昇の可能性が失われたこと。しかし今、日本は欧米発の物価上昇、そしてホルムズ海峡発のエネルギー価格上昇にさらされている。また、深刻な少子高齢化はサービスの価格を上昇させ続けるだろう。このような好況感なきインフレは、国内企業と国民に大きな負担となってのしかかる。いわゆる「悪いインフレ」である。

 いよいよ答え合わせの時間である。MMTのどこが間違っていたのだろうか。いや、そもそもMMTは間違っていたのか。アメリカでも欧州でも日本でも、確かにインフレは生じている。が、慎重なMMTの学者は「インフレは起こらない」とは言っていない。その信者の一部が「インフレは起こらない」と曲解しただけである。むしろ、対立する緊縮財政派のほうが分が悪い。確かに、アメリカでも日本でも、新型コロナ・パンデミック対策として小さくない規模の直接的な財政投入が行われた。が、アメリカのインフレも日本のインフレもそれが主要な原因ではなかった。仮にこれらの財政投入が行われなかったとしても、程度の差こそあれやはり日米のインフレは生じていただろう。緊縮財政主義が間違っていたのであれば、それはMMTが実は正しかったことを示す傍証でもある。
 今の日本で生じている物価上昇は、ほぼアメリカが発端となっているもらいインフレである。各国が密接に影響し合う今日の国際経済の状況では、経済規模の大きなアメリカで生じたインフレの影響を日本が免れることは残念ながら不可能である。日本がすべきことは、インフレを過度に恐れるのではなく、うまく乗り切ることではないか。日本の例から学べることは、従業員の賃金上昇を抑えることがインフレ抑止に効果的だということである。しかしこの対策には、社会全体を貧しくするという副作用がある。かつて私が旅してきた途上国は、物価が日本よりもはるかに安かった。しかし国民の生活も概して貧しく、中には若者の多くが外国への出稼ぎを考えなければならない国もあった。彼らが不幸そうだったかと問われるとどう回答すべきか悩むところだが、私はこれからの日本の子供たちをそのような境遇に置きたいとは思えない。あるべきは、日本も先進諸国とともに世界の経済を牽引していくこと、それにより世界中の人間に貢献し、日本人も豊かに繁栄することである。そしてそのためには、眼前のインフレという煉獄を乗り越えて、世界経済を牽引する先進諸国にどこまでもついて行く必要がある。

 物価の上昇は一般市民に痛みをもたらす。月々のやりくりを苦しくするばかりでなく、これまでの貯えが相対的に目減りしてしまう。そこで必要なことは、従業員の賃金を物価に合わせて上昇させることである。これにより物価の上昇が定着し、インフレ傾向が確定する。過度のインフレは経済を根底から破綻させてしまうが、いきなりそうなるのではない。インフレ傾向を“うまく乗り切る”のである。日本の社会にできないとは思わない。貯えの相対的な目減りには、適切な投資で対処する。これもまた「うまく乗り切る」の具体的な形である。あるいは、貯えの将来的な価値を見限って積極的な消費スタイルに舵を切るか。実際にできるかどうかはともかく、要はものの見方・考え方の話である。
 これらのインフレ乗り切り対策を実現させるために、国政や企業にできること、しなければならないことは多い。が、それらを論じてこの記事を締めくくりたくはない。物価上昇は私たち一人一人に直接的に降りかかってきている現実であり、その対策が求められている。私たち一人一人がそれに対する正しい理解と明確なビジョンを持ち、社会全体が将来ありたい姿を見据えて生活していくべきである。今日の物価上昇の影響を最も強く受けるのは、未来の日本を生きる今の子供たち。そして彼らが自身の境遇について恨んだり感謝する対象は、おそらく、今インフレ対策を迫られている私たちなのだから。

インフレの理由(2/3) MMTのどこが間違っていたのか

 先述の新書では、話を簡単にするために、赤字国債を発行する国とその他民間の経済主体の総和という二者に簡略化したモデルで話を進めていた。国が赤字国債という形で通貨を供給すればそれは民間の富となり、経済が回って誰もが幸福になる。国債の発行残高は増加するが、そのことに実効的なデメリットはない。それにより国債の利率が増加して多く利子を支払う必要が生じたとしても、それは累積赤字の総額を増加させるだけで、やはり実効的なデメリットではない、ということである。
 MMT論者もインフレのデメリットは認めている。それは物価を上昇させ、一般的な賃金労働者、および年金生活者の生活を苦しめる。民間の消費を抑制し、経済を停滞させる。このような事態は誰から見ても避けるべきデメリットである。しかし、国の累積赤字額が膨大だからといってインフレになるのではない。社会で必要とされるモノやサービスの総量に対して出回る通貨量が過大であるとき、物価が上昇するのである。先に見たように、太平洋戦争に敗れた我が国で激しいインフレが生じたのは、総力戦を経て資源も食料も不足する中、社会の復興にモノが必要で、しかし労働者は兵隊にとられて消費されてしまっていたからである。これではいくら国が緊縮財政を行ったところでインフレを収めることはできない。
 このような視点で見ると、今回アメリカで発生したインフレの原因をモノや労働力の不足に求めることは理にかなっている。近年オレンジやカカオ豆の不作によるそれらの価格高騰が騒がれたが、それらは2022年以降の話である。したがって2021年に顕在化したアメリカでのインフレの原因は国内労働力の不足に求められ、前述されたような理由で説明されているのだと考えられる。

 しかし、先にも書いた通り私にはその説明を信じることができない。確かにアメリカでは新型コロナウィルスで日本とは比較にならないくらい多くの死者が出たが、それで恒久的な労働者不足になるだろうか。トランプがメキシコ国境に壁を作らなければならないほど、移民や外国人労働者が多くいるというのに。確かにアメリカの株価指数の上がり方はエグいが、それでFIREできる人間が量産されるだろうか。そもそもいてもいなくてもいいような仕事をしている人間がFIREできるのではないか。重要なポジションにある高所得者は自ら退職しようとは考えないし、エッセンシャルワーカーはあちらでもFIREできるほどお給料をもらっていないだろう。疑われるのは、社会に急激に大量の通貨が流入した可能性である。
 確かに、アメリカでは2020年4月から翌2021年3月までの間に3回、合計3,200ドルの給付金が全アメリカ国民に配布されている(ただし未成年や高所得者など減額対象者もあった)。しかしこれは当時の為替レートで36万円に過ぎない。財政緊縮派にとっては許しがたい話かもしれないが、この程度のバラマキで全国的なインフレが生じるとは正直思えない。とはいえ、これは実際にアメリカ国内でインフレが始まった時期と一致している。
 また、この時期に世界的な“コンテナ不足”が発生していることも事実である。アメリカが中国や東南アジアなどの工業生産国から製品を爆買いしたため、海運に使用されたコンテナがアメリカの港に集中してしまったのである。これはこの時期にアメリカ国内で実際にある種の“モノ不足”(正しくは「モノの供給に対する需要の過剰」)が生じていたことを示す証拠である。やはり財政緊縮派の怒りが正しかったのだろうか。

 通貨の供給源は、その国の当局だけとは限らない。時期は2021年以降となるが、ドル円相場が大きく円安にシフトした。これは、日米の金利差が生じたことから、機関投資家が金利の安い日本円を調達してドルに換え、米国内で投資を行ったため、と説明されている。いわゆる円キャリートレードである。ということは、多額の日本初の資金がアメリカ国内に流入したことになる。2021年以降も続くアメリカ国内でのインフレは、このような海外発の資金の流入によるものなのだろうか。しかしこの説は一般的には受け入れられていない。機関投資家は株や債券など流動性の高い金融商品に投資をするものである。したがって機関投資家が持ち込んだ海外発の資金は、アメリカ国内の“社会”には持ち込まれていない。事実、この時期アメリカの平均株価は急激に上昇している。
 ところで、アメリカでは2000年あたりまで続いたITバブル、もしくはドットコムバブルの後、続いて住宅バブルと名付けられた経済状況に至ったという。住宅、もしくは不動産の価格が上昇を続けたため、国民のマインドが緩やかになって借金への抵抗がなくなり、借金による消費活動が活発になったらしい。この場合、国民の借金という形で新たに発行された通貨が社会に出回ることになる。その度が過ぎれば、インフレが進行しそうである。もっともこの時は数年後に銀行などの金融機関がが信用度の低い層にも住宅ローンをバンバン貸し付けた問題が顕在化していわゆるリーマンショックが発生した。行き過ぎた借金による好景気も長くは続かず、激しいインフレの原因にはなりにくい、ということか。

 先に論じた米国内での平均株価の上昇が特に富裕層の資産を増大させ、彼らが高級不動産を(投資目的で)買い漁ったため、建材価格が上昇した、ということはあっただろう。消費の面に注目すれば、新型コロナ・パンデミックの2020年、日本でもいわゆるテレワーク、実態は在宅勤務という働き方が急速に広まり、ノートPCをはじめとするテレワークに必要な備品の需要が急拡大した。もっと端的だったのは、マスクである。すぐに品薄になって入手できなくなり、普通の店でも10枚2,000円といった信じられないような高額で少量を売るようになった。アメリカでは、在宅勤務形態の急拡大に合わせて高級家具や家電が売れるようになり、そちらの方面でも価格が上昇したという。つまり、分野限定的かつ短期的な価格上昇であれば、需要の急拡大のみによっても起こり得る。問題は、それが家賃や各種サービスなど広範にわたるインフレとして、長期的に定着するかどうかである。
 物価の一時的な上昇がインフレとして社会に定着するためには、一般市民の賃金の上昇が不可欠である。モノの値段が上がっても、その代わりのものがあれば人々はそれを買う。あるいは買い控える。そのうちに中国などの圧倒的な工業生産力を持つ国・地域がそのモノを安く大量に生産して市場に投入してくるため、需要と供給のアンバランスが解消され、モノの価格は少しずつ元に戻っていく。しかし人々の収入も上昇した場合、彼らは値上がりした馴染みのモノを買い続けるだろう。そうなれば、外国からの輸入品も高い値段で売ればよい。こうして周囲のモノ・サービスを巻き込んで価格が上昇し、インフレが進行していく。しかし、ここのところが分からなかった。物価が上昇の傾向にあるとして、それに応じて賃金を上昇させる必要があるのだろうか。必要のない社員の賃金上昇を実施する経営者など、今の世の中にいるのだろうか?
 この点を調べて得た事実は衝撃的なものだった。アメリカでは、労働組合が頑張って経営者に従業員の賃金を上げさせていたのである。そんな…、いや、考えてみたら当たり前のことなのか。日本では労働組合が有名無実化しすぎて、海外では当たり前のことを日本人は思い至ることさえできないでいたのか。ちなみに、アメリカでは年金生活者の年金受給額も物価上昇に速やかに連動して変動するそうである。あ、いや、それは日本でも同じであるが、実態はいろいろあってやはり日本では上昇はしないらしい。

インフレの理由(1/3) アメリカ発のインフレに関する考察

 今日(2026年9月)、日本でもモノやサービスの価格が上昇するインフレが当たり前の風景となっている。しかし、少し前までこのような状態が実現すると考えていた日本人はほとんどいなかったのである。それまで日本は長く続いたデフレ、すなわち物価の低下による不景気に苦しめられていた。物価が上昇すれば日本経済は上向き、ついでに住宅ローンなどの借金の負荷が軽減されてハッピーになれる、そういう考え方が当たり前であった。
 日本で長くデフレが続いたのには、主に二つの理由があると私は考えている。一つ目は、中国など物価水準の低い国から大量にもたらされる工業製品や食料品の影響である。そしてそれを効果的に補強することとなった二つ目の理由は、日本人の間に「安く済ませることが賢い買い物だ」という考え方が根付いていたことである。外国、特に中国をはじめとするアジア諸国では、売られている物の価値・性能が値段に比較的分かりやすく対応している。したがってお金に余裕があるときは高いものを買おうという気になる。しかし日本では、百円ショップで買うものが十分な性能・外観を持っている。中国製品だろうとアフリカ製品であろうと明らかな不良品に出会うことはまずない。これでは同じものを数百円で売っている店で買う気がなくなる。やがて家電製品やハイテク製品(PCパーツなど)も安い中国製品・韓国製品に取って代わられ、日本では「高いものは売れない、コスパこそが正義」という時代が長く続いた。

 その風向きが変わりだしたのは、2022年の初め頃である。ドル円のレートを見ると、2021年までは1ドル110円前後で推移していたのがそのころ急に円安方向に動き出し、直線的に120円台から130円台、140円台と円安が進み、同年10月には150円近くのピークを記録している。この円安、というよりドル高は、アメリカで進行しつつあった物価上昇を抑えるために金利を上げたことが原因だと言われた。確かに米国債金利のチャートを見ると、新型コロナ・パンデミックへの経済対策として2020年に急激に下げられた米国債金利が2022年の初めに急上昇している。2020年以降だけを見ると、ドル円のチャートとよく連動しているように見える。
https://www.nikkei.com/marketdata/quote/USDJPY/
https://www.nikkei.com/marketdata/quote/US10YT/
 日本では化石燃料をはじめとする生活必需品の多くを輸入に頼っており、円安が進行すると物価が上昇する。しかしそれだけでなく、2022年の2月にはもう一つの重要なイベントが発生した。ロシアによるウクライナ侵攻である。特にロシアの原油・天然ガスとウクライナの小麦に頼っていた欧州ではそれらの価格が急騰し、そのあおりを食らった日本でもエネルギーなどの価格が上昇した。ドル高の根本的な原因は新型コロナ禍だとされており、ロシアのウクライナ侵攻は偶然同時期に発生したものである。けれども従来「有事の円買い」と言われていたのに反して円安がどんどん進んでいく事態を目の当たりにすると、それらの現象に関連があると思えてくるものである。

 ここで重要なのは、アメリカでは2021年時点ですでに誰の目にも明らかなほど物価上昇が進行していた、という点である。すでにみたように、日本と欧州の物価上昇は2022年に入ってからである。なお2021年の初めには日本でも「ウッドショック」なる木材価格の高騰が発生し、住宅価格はいち早く上昇していた。しかしこれについても原因は世界的なコンテナ不足による海運キャパの低下、およびアメリカ国内での金利低下による住宅建築ラッシュとされており、アメリカ発の事象である。したがって世界で最も早くインフレが発生したのはアメリカということになる。アメリカの当局(FRB)にしても自国の景気を減速させることになる金利上昇はしたくないはずで、それをしなければならなかった2022年初めにはすでに誰の目にも明らかなほどインフレが進行していたのである。
 当時日本国内に伝えられていた状況は、ニューヨークなどの大都市で飲食店員などの比較的低賃金のパートタイム職の時給が日本円換算で5,000円を超えたとか、外食をするとラーメン一杯で4,000円するとか、そんな話であった。なお、最近渡航した知人の話では、肌感覚で日本の3倍程度とのこと。その原因として、比較的低賃金の職を支えていた労働者が新型コロナ感染症で多く亡くなったため、あるいは米国株の上昇によりFIREを達成する労働者が続出して労働者不足に陥ったため、などと言われている。正直どちらも信じがたい話だが、そこは日本とアメリカの違いなのかもしれない。新型コロナ禍の初期(2020年)には日本でもエッセンシャルワーカーや電車の運転手の不足が深刻なこととして連日報道されていたが、それで人件費や電車の運賃が上昇することはなかった。しかし改めて考えてみると、日本での展開とアメリカ的展開のどちらが普通と言えるのか分からなくなってしまう。

 世界的に有名なインフレ現象は、第一次大戦後のドイツ・ワイマール共和国と太平洋戦争後の日本で発生した。第一次大戦で敗戦国となったドイツはフランスなどの戦勝国から多額の賠償金を請求され、一方国内の工業生産力は長引いた戦争により疲弊しており、ドイツ政府はそれらの問題を解決するために自国通貨マルクを大量に発行した。その影響により天文学的な上昇率のいわゆるハイパーインフレが生じた、と歴史の教科書には記されている。
 太平洋戦争の敗戦国である日本も同様である。日本は多額の賠償請求こそなされなかった(フィリピンなど東南アジアの4か国から10億ドルほど請求されている)ものの、戦時中に大量に発行された国債(日本銀行が直接引き受けたため、実質的に日本国政府が多額の通貨を発行したのと同じ形であった)の影響で戦後にハイパーインフレが生じたとされている。ちなみに戦時中は配給制などの統制経済下にあり、インフレは抑制されていたらしい。戦後はその配給制が形骸化したためにインフレが進行したようだ。もちろん食料をはじめとする物資が絶対的に不足していたこともインフレを推し進めた原因として忘れてはならない。

 物価のインフレ現象を考えるうえでまず最初に指摘されるであろう、MMT理論の本を以前読んだ。「財政赤字の神話: MMTと国民のための経済の誕生」(ステファニー・ケルトン)という新書である。MMTをごく簡単に説明すると、自国の固有通貨を持つ国家が借金をする(赤字国債を発行する)場合、発行総額を気にする必要はなくインフレ率のみ気にしていればよい、という主張である。もう一つ、国家財政が黒字になると国内経済が停滞するため、経済にとって国家財政は赤字のほうが良い、とも言われていた。これを読んだ私の感想は、「うーん、確かに理屈は間違っていないが、それでいいのか」というものだった。戦争では勝った側が正義を主張できるので、人道やルールは気にせずただ勝つことを目指すべし、と言われてうーん、と思うのに似ている。
 MMT論者が批判の矛先を向けるのは、財政緊縮派と呼ばれる一派である。というか、一般的にはむしろこちらが主流派であろう。バラまき予算で手っ取り早く有権者の人気を取りたいポピュリストの政治家によって疎んじられやすいとはいえ、「財政赤字の額を気にする必要はない」とまで言う実務家はあまりいない。財政緊縮派もまたMMT論者を目の敵にしている。危険な思想を無責任に広げようとしているように見えるのだろう。両者とも、過度なインフレを恐れている点では共通している。しかしそれ以外の点において両者の主張は真っ向から対立している。まさに不倶戴天の敵同士である。
 この本が書かれたのは明らかにコロナ禍以前であるし、私がこの本を読んだのも日本で物価上昇がこれほど言われる前だったと思う(新書の初版は2020年10月発行)。この本の著者が来日して講演を行った際、質疑の場で「しかしインフレが生じたらどうすればよいのか」と質問され、「長くデフレに苦しんでいる日本人がなぜインフレを心配するのか」と答えたそうだ。一般的なMMT論者の主張には、「民主主義の先進国ではどうせインフレなど起こらないのだから、もっと積極財政を推し進めるべし」という思いが含まれているのだろう。けれども現在、世界規模でのインフレが現実に進行している。何がいけなかったのだろうか。MMTのどこが間違っていたのだろうか。

(続き)「ベルヌーイの定理」との格闘

 飛行機の翼の上下に圧力差が生じるのもヘリコプターのローターと同じ原理なのではないか? この問題提起に立ちふさがるのが「ベルヌーイの定理」である。曰く、「流速が速いほどその流体の圧力が低い。」事実、飛行機の翼の上下で気流の速度を測定すると、翼の下側よりも上側のほうが速いという。そのため翼の上側が下側よりも低圧となり、翼は下側から上側に押されてこれが揚力となる。

 このベルヌーイ効果の仕組みが分からなかったので調べたところ、18世紀の半ば(1738年)にベルヌーイによって発表されたオリジナルの定理は単なる流体のエネルギー・エンタルピー保存、それも非圧縮性を想定して流体の圧縮・膨張を考慮しないものであった。熱力学的なエンタルピーをそのまま考えてしまうと頭を抱えることになるが、直観的には分かりやすい。流速の持つ運動エネルギーは熱力学的なものでないため熱エネルギーには変換されず、非圧縮性によって仕事にも変換されないとなると、エンタルピーのpV項に変換されるしかない。さらに体積Vにも制約がつけられると、流速の変化がエネルギーを保存するためには流体の圧力pを変化させるしかない。

 しかし、注目すべきは「非圧縮性」である。水をはじめとする液体は非圧縮性流体として扱われることが多いのに対して、空気は簡単に圧縮できる。つまりこのベルヌーイの定理は空気に対しては適用できないのである。ウィキペディア「ベルヌーイの定理」の項↓
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%81%AE%E5%AE%9A%E7%90%86
を見ると、圧縮可能な気体に拡張されたベルヌーイの定理も記されてはいるが、それはオリジナルとはかけ離れた形になっている。これを読み解いても「流速が速いほどその流体の圧力が低い」というシンプルな託宣を得ることはできない。

 ベルヌーイの定理について、現代の航空力学の専門家の意見はどういうものであろうか。今手元にある「飛行機物語」(鈴木真二;ちくま学芸文庫)の中には、「ベルヌーイの定理は,エネルギーが保存されるから成り立つと説明されるが,(中略)むしろ圧力を下げて流体を吸い込むと流れが加速されると考えた方がわかりやすい.」という記述がある。慎重な書き方がされており、ベルヌーイの定理と飛行機の揚力との関係を否定してはいない。が、この書き方は裏を返せば「(非圧縮性が想定されなければ)流れの速い流体では圧力が低いと考えることには無理がある」というように読める。いずれにせよ、書かれているように因果関係を逆転させてしまっては、「ベルヌーイの法則が飛行機に揚力をもたらしている」という定説が成り立たなくなってしまう。

 以上の事実が指し示すところは明白だ。私たちは平成のクイズ番組により科されたくびきから解放され、ベルヌーイの定理から離れて飛行機の揚力を考えるべきなのである。そのための道しるべは既に得られている。ヘリコプターのローターが揚力を受ける仕組みを一般化して飛行機の翼に適用するのである。ヘリコプターのローターは積極的に空気を下方に送り出すことで反動の浮力を得、それに付随する形で圧力差による浮力も得ていた。しかし反動の浮力を得る際に空気抵抗による抗力を受けてしまい、これがエネルギー効率の低下をもたらす。ならばローターの形状を工夫することで抗力を小さくできないか。その結果反動の浮力も低下してしまうが、圧力差の浮力がそれを補ってくれればよいのだ。

 飛行機の翼はローターよりもはるかに面積が大きいので、圧力差を効率的に浮上力へと変換することができる。ローターのように下側の空気を下方に押し出せば、翼の下側に高い圧力を作ることができる。逆に上方の空気を翼の形状に沿わせて下方に引き込めば、翼の上側の圧力を下げることができる。大型旅客機が目的地近くで着陸態勢に入ると、翼の後方に設けられたフラップが降ろされてくる。これにより翼はより効果的に受け止めた空気を下方に押し下げる形となる。着陸態勢に入った飛行機は徐々に減速し、それに合わせて揚力が低下するため、より大きな揚力が得られるように翼を変形させるのである。ヘリコプターのローターや扇風機のファンに近づくものと解釈できる。その代償として空気抵抗による抗力も増大してしまうが、そもそも減速したいのだからむしろウェルカムである。

 では、圧力と流速の関係についてはどうだろう。定性的な推定は可能だろうか。低圧領域と高圧領域にそれぞれ同じ量の流体(気体)が流入/流出する状況を考えると、定性的に低圧領域では流れが速く、高圧領域では流れが遅くなる。これはエネルギー保存ではなく質量保存から得られる帰結であり、非圧縮性とは関係なく空気にも適用できる。翼の上側と下側にそれぞれ低圧領域と高圧領域が形成されるのであれば、これと同じ流れが生じるだろう。「同じ量の気体が流入してくる」という点を満たすかどうかだが、低圧/高圧領域が翼の直上/直下に扁平な形で形成されるのであれば、その表面積が同じになることで満たされる。

 あるいは積極的に翼の上に高速の流れを、下に低速の流れを作りだしても、上述の議論の逆の説明で翼の上側を低圧に、下側を高圧にすることは可能である。これは(エネルギー保存ではなく質量保存に由来する点で)オリジナルとは全く異なるベルヌーイの定理の気体版となり得るが、飛行機の翼にこの仕組みを適用すべきではない。翼の下側に低速の流れを作り出すためにはその場の空気に飛行機の進行方向の運動量を与えなければならず、これは飛行機の天敵である空気抵抗そのものである。それよりは翼の下側の空気に下向きの運動量を与えて圧力差を作り出すほうが効果的であろう。

 いや、そもそもの問題は、仮にベルヌーイの定理によって流速の差が圧力差を作り出すことを保証したとしても、翼の上下に流速の差が生じる仕組みを誰も説明しない点ではないか。「翼の上側が盛り上がっているために流路長が長くなり、その結果として上側の流速が速くなる」といういわゆる「同着の原理」(「原理」という言葉は「仮定」の意味で用いられる)が間違いである、という説明はしばしば目にする。が、その“対案”が示されることはない。大抵は「流速の差が生じるのは観測事実である」という説明で片付けられている。「そのために圧力差が生まれ、翼は浮上力を得るのだ」と。

 だが、私たちが求めているのはそんなことではない。巨鳥が大空を飛ぶことも、紙飛行機が安定して飛ぶことも私たちは知っている。観測事実として受け入れている。求めているのはその根拠なのだ。ベルヌーイ効果がその根拠だというのであれば、最後までそれを徹底してほしいのだ。しかし観測事実を説明することができないのであれば、私たちは早々にベルヌーイの定理を見限るべきだったのだ。

 もっとも、ベルヌーイの定理を見限り、直接的ではないにせよ翼が空気に下向きの運動量を与えることが翼を浮上させる根本的な作用であることを認めたとしても、私たちが飛行機に対して感じる不振や恐怖を振り払うことはできない。なぜならば、直接的に反動の浮力を利用しているロケットやヘリコプターのほうが飛行機よりも不安定で、墜落事故を起こす確率が高いからである。逆に反動の浮力を全く利用しない熱気球や飛行船のほうが飛行に関しては安定している。事故という観点からは安心できないものの、浮上の仕組みが直観的に理解できるという点では一番安心できる空の乗り物だ。昨今ロケットやヘリコプター型ドローンの開発の話ばかりが注目されているが、乗客の“安心”の追求・乗り物としての飛行船を追求する方面があってもよいのではないか、とも思う。

ヘリコプターを飛ばすのは揚力なのか?

 飛行機が空を飛べるのは、飛行機の翼が揚力を生むから。それは誰もが知っている。けれども、この揚力というものをよく理解している人はまずいない。「飛行機が飛ぶことを疑うわけではないが、何百トンもの金属の塊が空を飛ぶことに違和感を感じる」「いつもこの離陸してからしばらくの間が恐ろしくて心の中で祈っている」という人は私だけではないはずだ。平成の初期のころ、テレビのクイズ番組などで、「飛行機が空を飛べるのは『ベルヌーイ効果』が揚力を生み出すから」と説明されていた。しかしこの「ベルヌーイ効果」を説明されてもいまいち納得できず、それゆえに「飛行機を浮かせているのはやはり人には理解しがたい特殊な物理現象のため」だと考えていた。

 実際のところ揚力とはごく簡単なもので、「流れる流体の作用で生じる、流体の流れに直交する方向の力」として定義される。特定の物理現象により特徴づけられるものではなく、状況を整理するための言葉という位置づけである。飛行機の翼を例に考えると、空を飛ぶ飛行機の視点で見ると周囲の空気は後方へ流れていく流体であり、翼はそれと垂直な上方への力を受けて重力を打ち消していることから、翼は確かに揚力を受けていることが分かる。

 ではヘリコプターはどうだろうか。ヘリコプターのメインローターは回転によってその下方へ向かう空気の流れを作り出しており、それが重力に抗う上向きの力を生み出して空を飛ぶ。であるならば、ヘリコプターが上昇する力は周囲の流体と平行な抗力ということになる。けれどもヘリコプターのメインローターに着目すると、それは自身と逆方向に回転する(つまり水平方向に流れる)流体から垂直な上方向の力を受けている。すなわちヘリコプター全体としてみると抗力で浮上しているが、ヘリコプターを浮上させるローターは揚力を受けて重力を打ち消していることになる。扇風機に至ってはさらに困惑させられる。扇風機などどう考えても抗力を利用する装置なのだが、そのファンに着目するとヘリコプターのローター同様に揚力を受けているのだ。

 と言って私たちが困惑する必要はない。上に書いたように揚力とは単なる「状況を整理するための言葉」なのであり、そもそもそうなるように人為的に定義されているだけのことである。私たちはそれを素直に受け入れればよいのだ。‥‥が、それが難しい。何かが引っかかり、素直に受け入れられないのだ。その点をよくよく考えてみて、ようやくその理由に思い当たった。私たちは直観的に、飛行機の翼に働く揚力と扇風機のファンに働く揚力との間に本質的な違いを見出しているのだ。本質的に異なる二つの現象に同じ言葉を与えようとしたため、そこに違和感を感じているのだ。

 私たちにとって最も自然に理解できる力は、作用・反作用の力である。二つの物体が衝突して互いに弾かれたり、あるいは銃を撃った時に受ける反動など、身の回りで考えられる多くの現象がこの分類に含まれる。そこに含まれない力としていわゆる4つの基本的な遠隔相互作用(重力、電磁気力、強い力の源となる量子色力、弱い力)があるが、実際にはこれらの力にも作用と反作用は存在する。したがってこれらと区別するために先に挙げた力を「直接的な作用・反作用の力」と呼ぶことにする。扇風機のファンに働く揚力はこの直接的な作用・反作用の力に分類される。この場合、作用・反作用の主体はファンと空気分子である。

 この直接的な作用・反作用の力にはもう一つの特徴がある。力の強さにその持続時間をかけると作用・反作用の主体の間でやり取りされる運動量となるのである。それが当たり前のようにも思えるが、そうならない力もある。例えば、遠隔相互作用の一つである重力に逆らっておもりをゆっくりと持ち上げる場合。あるいは、圧力差によって対象がゆっくりと浮き上がる場合。飛行機の翼に働く揚力はこれに該当する。先に書いた「飛行機の翼に働く揚力と扇風機のファンに働く揚力との間に本質的な違い」とは、運動量のやり取りがあるかどうかの違いなのである。

 運動量のやり取りを伴う力の働きは私たちにとって直観的に理解しやすく、逆にそうでない力の働きは私たちにとってなじみが薄く直観的な理解を妨げる。事実、ヘリコプターが空を飛べることに対して疑いを感じることはないだろう。だが、ここで逆に疑ってみる。ヘリコプターは本当に気体分子との運動量のやり取りによって浮上しているのだろうか?

 ヘリコプターが浮上する状況を具体的な数値で検証してみる。小型のヘリコプターを想定し、機体・乗員を合わせた総重量を2.0t=2,000kgとする。また、メインローターの1本の長さを2.5mとする。メインローターの回転で描かれる円の直径は5.0mとなり、浮上時はこの内側に下向き一様風速の風が生じるものとする。メインローターが回転していないときにはこの領域が無風状態であることを考えると、この下向きの風が持つ運動量を作り出す上向きの力をメインローターが受けていることになる。メインローターの回転円の面積をS、その中に生じる下向きの風速をv、空気の比重をmとすると、時間tの間に生じる下向きの風の持つ運動量PはP=mSvt×v=mStv^2と表せる。これを時間tで割ったP/tが、メインローターすなわちヘリコプターが上向きに受ける力の大きさとなる。ここで地上の空気の比重はおよそ1.3kg/m^3、メインローターの回転円の面積はおよそ20m^2で、これらを代入するとP=26v^2、その単位は[kgm/s^2]=[N]で力の単位となる。

 一方、総重量2,000kgのヘリコプターを重力に抗って浮上させるためには最低2,000kg×9.8m/s^2=19,600Nの上向きの力が必要であり、先ほどの下向きの風から受ける力でこれを賄うために必要な風速は27.4m/sと計算される。メインローターの下には機体が邪魔をしていることを考えると、実際に必要な風速はこれより少し大きく30m/s弱となるだろう。これは台風の最大風速に匹敵する風速で、発電用の風車も発電を停止するほどの強風である。とても遭難者の救助などやってられるものではない。水面上に浮上するヘリコプターの映像から察するに、その下に生じている風の風速はせいぜい20m/sというところではないか。だとすると、浮上させられる重量は1.0t程度となり、上記設定の半分となる。風速の正確な数値が分からないとはいえ、ヘリコプターに作用する揚力についてもそのすべてが運動量のやり取りを伴う力ではなく、上下の圧力差による力も一定量含まれていると考えるほうが合理的であろう。

 メインローターが回転すると、扇風機のファンと同じようにしてその軌道上にある気体分子を下方に飛ばす。するとその下方では気体分子密度が増加し、圧力が上昇する。逆にその上方では気体分子密度が低下し、圧力が低下する。そう考えればこの結果も特に不思議なものではない。仮に下向きの風の存在が圧力に影響を及ぼすとしても、ローターの上と下では同じ風が生じており条件は同じである。圧力差が生じるという結論には影響しない。この結論は、私にさらなる疑問を抱かせる。実は飛行機の翼に働く揚力もこれと同じで、上下の圧力差による力だけでなく運動量のやり取りを伴う力も一定量含んでいるのではないか?

 打ち上げられた直後のロケットは100%運動量のやり取りを伴う力で浮上している。逆に熱気球や飛行船は100%圧力差による浮上力で浮上している。だがこれらは「揚力」で浮上しているのではない。ヘリコプターや飛行機の浮上原理と性質が異なっていて当然である。逆に考えると、同じ「揚力」で浮上するヘリコプターと飛行機は同じ浮上原理を共有しているほうが自然なのではないか。さらに考えを発展させるならば、飛行機の翼の上下に圧力差が生じるのもヘリコプターのローターと同じ原理なのではないか? (続く)

富に関する考察(後編) ;バブル経済の正体

 経済学の理論的な観点からこんにち最も興味深いテーマの一つとして、ビットコインに代表される暗号通貨が挙げられるだろう。その技術的な側面もさることながら、ビットコインの運用開始が2009年でそれ以前に存在していなかった富が現在(2021年1月)では数兆円の規模に成長しているところが人の関心を引く。実現された錬金術、もっと分かりやすく言えば魔法だ。だが、一見巨額に見える“数兆円”も国家やグローバル大企業が扱う金額の規模から見ると大した額ではない。なんなら日本国はその数倍の額の国債を毎年発行することで実質的に新たな通貨を作り出しているとみることもできる。それなのにビットコインがもたらすような富や豊かさを日本人が実感として享受できないのはなぜなのだろうか。

 ビットコインは本来、ネット上や国際的な少額決済、すなわち金銭のやり取りに用いるのに便利な通貨として“発明”されたものだという。ただし投機的な価値という側面も見据えられていたようで、現在ではそちら側ばかりが注目されている感がある。ここで、「通貨」という言葉は意味的にあいまいなものであるという。政府が統計データを調査するために定められた通貨とされるものが具体的に列挙されており、それらだけで意味的な再定義を行おうとするとうまくつじつまが合わせられないのだという。

 政府の定める通貨として第一に挙げられるのは、日本円としての価値を与えられた硬貨と紙幣である。そして次に来るのが銀行の預貯金。これは紙幣とはまた別の通貨とされている。すなわち、他者とやり取りできる金銭だけでなく、蓄積できる財産もまた通貨であるとされる。けれども不動産やビットコインは通貨としては扱われない。これはおそらく、価値が時間的に大きく変化しやすいためだろう。「統計データを調査する」という目的からすると、それらは扱いづらく不適格なのだ。日本ではこうされるべきなのかもしれない。けれども前回書いたように中国では普通の人々でも不動産で資産を形成・運用しており、不動産を正しくカウントしないと実態が把握できなくなるだろう。

 富に関する人々の大きな欲求の一つに「資産の保有」がある。ここでいう「資産」とは通貨とは関係がなく、直接的な実用を想定しないけれどもできるかぎり多く保有したい、と人々が考えるものである。適切な運用がなされるかどうかも関係ない。中国人が多く保有しているという2軒目以降の不動産にしても、それを賃貸しするわけではなく、また売却しない限りそこから資金をねん出することもできないのだから。将来的な値上がりを期待しているのかもしれないが、それも含めて“保有”が彼らにとっての直接的な欲求となっている。ちなみに日本では、不動産を資産として保有したいという欲求は生じにくい。土地の方はともかく、建物の価値が経年劣化(低下)してしまうからである。ならば土地だけ持とうとすると、日本の法律では固定資産税が高くついてしまう。「土地は貴重だから遊ばせないで活用してね」という法律の狙いが奏功し、日本では不動産は資産として保有するものとはされずに活用されている。

 資産の保有が人々の願いであるならば、保有資産となる対象を多く作り出せばよいのではないか。しかし日本円に関しては大量に発行するとインフレを起こすことを恐れてか、国債発行には否定的な意見が付きまとう。いわゆる通貨には本来法人や自治体の活動資金としての役割があるのであり、預貯金の過剰な増大はその役割に差し障る。要するに経済や社会活動を低迷させてしまうのである。あるいはその目的に最も適っているのがビットコインをはじめとする暗号通貨なのかもしれないが、ビットコインにも本来の“通貨”として期待されている役割があり、投機対象とするのに反対する意見が出てくるのだろう。一方、現状中国で不動産が保有資産としての機能を果たしているとしたら、中国における不動産の建設は実は人々に資産保有の願いをかなえさせる夢の事業であることになる。現在中国では過剰なまでの集合住宅が建設されているが、そうした観点から見ると日本でも報道される中国各地の「鬼城」(ゴーストタウン)の見え方が大きく変わってくる。

 もう一つ、人々が保有する資産としてうってつけの対象がある。株式会社の株式だ。資本主義陣営のリーダー的地位を担ってきたアメリカでは、実際国民の多くが株式の形で資産を形成しているという。こちらは通貨と違って人々が貯めこんでも何の不具合もなく、配当や株主優待があるので意義のある投資になるという側面もある。資金が必要となったときの換金しやすさという点でも、株式は保有資産として適していると言える。ただし難点もある。価値が安定しない点である。わずか数か月で価値が2倍に高騰したり半減したりすることもある。それも、株主からしたら全く理不尽でわけのわからない理由によって。これでは老後の貯蓄をすべて株式に回そうと考える人が出てくる方がおかしい。個人的にも、株式の形で資産を保有・貯蓄したいとは思えない。

 人々に貯蓄される財産としてふさわしい性質の一つに、価値の増加がある。詳しく見るとそこには二つの意味があり、一つは単位当たりの価値の増加、もう一つは単位換算での総量の増加である。中国の不動産は今のところこの二つともを満たしており、その点からも財産としてふさわしい。ビットコインもその点を重視して設計されており、一枚当たりの価値が下落しない程度の総量の増加がシステム維持のための労力の見返りとして仕組まれているという。システム維持のための奉仕活動が消費されない財産を生み出し、かつそれを報酬として受け取れる。こんにちこれほどの働き甲斐を得られる職業が他にどれくらいあるだろうか。料理にせよ耐久消費財の製造/販売にせよ、働いて生み出された価値はすぐに消費され、この世界から消えていく。こんな社会がいかにして富の総量を増やしてゆけるのだろうか。

 考えてみれば、株式会社と株式のシステムはこれに近い形態となっている。株式会社の社員と経営者は会社を維持するために働き、その見返りとして給料を得ている。その働きによって直接的に生み出される商品・サービスはすぐに消費されてしまうとしても、その結果として生じた株価の上昇分は富の増加として社会に蓄積される‥‥のだといいのだけれど。今一つ工夫が足りない感がある。最大の問題点は、社員の働きと株価がほとんど連動していない点だろう。株式を買う側にはギャンブルの素養が求められる。

 結局財産として価値を維持もしくは増大させてゆくものは、その国民がそうなるはずだと信じたものだけなのだ。中国人(特に華僑)は伝統的に金(gold)を信じ、しかし今の中国人はそれと同じくらいに不動産の価値を信じ、アメリカ人は自国の会社の株式を信じている。しかして日本人は、今も昔も日本円だけを信じている。貯蓄は銀行の預金のみ。ゆえに、庶民は高級品の消費を楽しめず、若者は起業できず、会社は設備投資ができない。ひたすら節約し、安定した職場で無難に働き、海外移転と人員整理を繰り返し、日本円の貯蓄に励む。

 改めて考えると「バブル経済」とは、無節操な浪費と狂乱の社会状況を指すのではなく、国民が通貨以外の財産の価値を信じている社会状況なのではないだろうか。もし今際限のないインフレが始まったとしたら、私は貯蓄をはたいてぜいたく品を消費しまくるだろう。もはや明日の銀行預金の価値が信じられないのだから。あるいは銀行預金以上に信じられるものがあるのなら、いちいち貯金などしない。逆に安易に融資を受けて何かの事業を始めるかもしれない。個人には難しくても、企業ならばそのように考えるだろう。信じる価値を増やすため、資金を投入して活動を活発にする。そのためには優秀な人材が必要となるし、彼らのモチベーションも必要となる。経済が回り、従業員を含めた国民全体の所得が増大する。過剰な消費による外貨不足の心配もない。なぜならここは「ものつくり大国」なのだから。これが、バブル経済の正体なのではないだろうか。

 人々は働き甲斐と消費の喜びを見出し、そこから生み出される消費財や知的財産が席巻する。これこそ日本人の求めてやまない社会のスタイルではないか。バブル経済よ再び! そしてフォーエバー! 一億総活躍社会はバブル経済の再来によって実現されるのだ。

富に関する考察(前編) ;中国人の豊かさの謎

 中国人の豊かさは大きな謎の一つである。つい30年前まで中国人は低賃金の代名詞であったのに、10年前には中国人の爆買いなくして日本の経済は成り立たないとまで言われ、今では中国人の方が日本人より豊かなイメージさえ日本社会に広まっている始末。実際のところ平均的な中国人の所得≒国民一人当たりのGDPは日本のそれの3割程度でしかなく、海外で爆買いする中国人は中国では少数の高所得者だとされている。が、実感として海外で見かける中国人旅行者の数は日本人旅行者よりもはるかに多く、また雰囲気も庶民的でごく少数の富裕層ばかりには見えない。明らかに多数の中国人が信じられない速さで豊かになっている。そして最近、その謎に迫るいくつかの記事を読んだ。

 私は以前からこの謎を不思議に思っていた。そして自分なりに得ていた考えは、中国政府がうまく人民元を刷って国富を増やしているのだろう、というもの。これを下手にやると激しいインフレを起こしてしまいかえって国富を損なうことになってしまうのだが、今の中国は貿易黒字と外貨に満ち溢れており、それが担保される限り人民元をいくら刷ってもインフレには至らない。実のところこのように考えている日本人が結構多いのではないだろうか。

 しかしこのアイデアには腑に落ちない点がある。まず、これは経済に携わる者の多くが思いつくアイデアであるにもかかわらず、実際に成功した国の話を聞いたことがない。日本などは“インフレ目標”が未達なありさまである。それを中国共産党政府が果たしてうまくやれるのか。確かに中国政府は強力だが、かの国の昨今の外交を見ていると、そのように洗練された軽妙な手腕を持っているようには思えない。

 そしてもう一つ決定的なのは、中国政府には自国民を豊かにしたいという動機がないどころか、むしろ自国民を貧しくとどめておきたいと考えている点である。放っておけば上昇するであろう人民元のレートを強制的に米ドルに連動させている(管理変動相場制)のは、国民の所得を抑えて“安い労働力”を保持し続けたいからである。となると中国政府が人民元を大量に刷ったとしてもそれを国民に分配するとは考えられないし、もし仮にそうしたならば何らかの形で私たちがその話を耳にしているはずだ。けれどもそのような気前の良い中国政府の話を私は聞いたことがない。

そして冒頭に書いた「その謎に迫るいくつかの記事」の一つが↓。
https://diamond.jp/articles/-/260205
この謎の答えとして上記の記事では
> 中国人にとっての不動産はそうではない。
> 自分の住居や財産であるというだけでなく、「投資の対象」であり、
> 自分の財産をさらに大きく増やしてくれる財テクの道具、さらに、
> 人生のステップアップに欠かせない「踏み台」ともいえるほど特別な存在で、
> 日本人とは認識が異なるのだ。
>  だから、多くの中国人は不動産購入に目の色を変えて夢中になるし、
> 自分が住む住居を購入しても、それで終わりではなく、2軒目、3軒目と
> 別の不動産も購入しようとする。
と述べている。そして、この10年で価値が少なくとも5倍になっているという不動産(の所有者)の例を挙げている。この話が多くの中国人に当てはまる事実であるとすれば、中国人が急激に豊かになった謎をうまく説明する答えとなる。

 そしてこの記事では次のように続く。
> 前述の調査によると、都市部住民が1軒を保有する割合は58.4%、
> 2軒を保有する割合は31%、3軒を保有する割合は10.5%で、
> 1世帯平均で1.5軒を保有していることがわかった。
だとすると、中国人の都市部住民の4割以上、いや、投資用物件を売却して利益を確定させた“1軒保有者”も合わせればそれよりも高い比率の中国人が急激に豊かになったことになり、海外旅行先で見かける普通の中国人が爆買いを行うほど豊かである理由がうまく説明される。

 これって、要するにバブル経済そのものではないか。「中国のバブル経済はもうすぐ破たんする」という説は最近見なくなったが、実態は「中国では今なおバブル経済が順調に継続している」だったということなのか。納得する半面、腑に落ちない点もある。私は2016年に遼寧省の省都瀋陽を訪れ、その郊外に際限なく作られてゆく大規模な集合住宅群を見てきた。そして「中国の家賃相場は物価水準を考慮してもかなり安いだろう」と推測した。未利用の平地が豊富にある中国で大量の集合住宅群を作り続けていては、住宅不動産の価値は低下するのではないだろうか。

 さらに、
> 2020年5月に中国人民銀行が発表した都市部住民世帯を対象とした調査によると、
> 都市部住民世帯の住宅保有率は96%にも上っている。
という記述もある。それが本当なら、都市部でも賃貸住宅に住む世帯はわずか4%ということになる。逆側の視点に立つと、中国人の都市部住民の4割以上が持つ二つ目以降の不動産はほとんどが賃貸しされていない、ということだ。いうまでもなく日本の都市部住民の多くは賃貸住宅に住み、毎月家賃を支払っている。日本で二軒目以降の不動産を持つのは家賃収入を期待する投資行為である。しかし中国ではその家賃収入が期待できず、売却益(いわゆるキャピタルゲイン)を期待しての“投機”行為となる。危ういことこの上ない。とはいえ、この中国人の“持ち家信仰”(中国では「不動産が買えないと男性は結婚できない」そうだ)こそが土地バブル経済を安定的に継続させている主要因だとも考えられ、投資家に良い環境を提供しているのかもしれない。

 上の記事の著者による別の記事↓では、
https://president.jp/articles/-/42550
> 上海市なら、中心部以外にある中古物件でも日本円で5000万円以上、
> 新築ならば1億円以上はする。
> 中国の都市部では、戸建ては富裕層以外にはあまりないので、
> これはマンションの価格だ。
所得水準を考慮しない絶対価格で比較しても、これは東京都心のタワマン物件を上回る金額である。ちなみに賃貸物件だと上海市内で
> 家賃5500元(約8万5000円)、2LDK(広さ90平方メートル)
 ;平米数については割り引く必要があるそうで、「2LDK」として見るのが妥当
とのことで、所得水準を考慮して東京より少し高い程度だろうか。

 不動産バブルと言えば日本では前世紀80年代末の超好景気を指すが、実は00年代中頃に「新築ならば1億円以上はする」という上と同じフレーズが韓国ソウルについて言われていた。日本のバブル時代はハリウッド映画(バックトゥザフューチャーなど)にも爪痕を残すほど日本の技術力・経済力は世界に存在感を持っていたし、00年代以降韓国では半導体をはじめとするハイテク産業が大きく発展している。そして今日の中国の製造業は文字通りに世界を席巻している。そう考えると、特にアジアにおいて製造業と不動産バブル経済は考えられている以上に密接な関係にあるのではないだろうか? (後編に続く)