2012-01-01から1年間の記事一覧

ベトナム中部旅行記(7/7) ;戦争の傷跡

「ベトナム戦争」というと普通はベトナム人とアメリカ軍との戦争を指すが、 第2次世界大戦以降ベトナムはそれ以外にも多くの戦争を経験している。 アジアで史上最悪の虐殺をやらかしたクメール・ルージュ、 いわゆるポルポト政権を軍事力によって壊滅させた…

ベトナム中部旅行記(6/7) ;ロードtoホイアン

8:02発の電車に乗るべく、昨日つきまとってきたシクロの運転手を6:40に待たせていた が、それを無視してホテルで朝食を食べた。食堂が開く5分前に行くといつものお姉さ んはおらず、年配のおばさんだけがいた。話はほとんど通じなかったが、何かの葉っぱ の…

ベトナム中部旅行記(5/7) ;Viet-com

ベトナム料理といえば幾つかあるが、中でも有名なのはフォーだろうか。 フエの名物料理といえば、「ブン・ボー・フエ」。フエの名を冠した麺料理である。 フォーもブンも米から作られる麺で、形状が異なる。ブンはそうめんに近い感じ。 スープは唐辛子、胡椒…

ベトナム中部旅行記(4/7) ;フエ今昔物語

古都フエは、1945年までベトナムの阮王朝の王宮が置かれていた街である。 ちなみに「阮」は「グエン」と読み、ベトナムに多い「グエンさん」は 漢字で書くとこの字になる。王族との血縁関係があるとは限らないようだが。 「フエはゆったりとした街である」な…

ベトナム中部旅行記(3/7) ;ホテル・カナリー

(前回からの続き) そう考えてスタイルのいい一人の女性に尋ねてみた。 「ベトナム人もダイエットをするの?今は世界中の人間が体重を気にしてるんだけど」 「?(通じていないっぽい)」 「『ダイエット』は、スポーツをしたり走ったり、食べ物を少ししか…

ベトナム中部旅行記(2/7) ;ベトナム美人

私にとってベトナム旅行は今回が初めてだが、今まで何度も行きたいとは思っていた。 その理由は、「ベトナムには美人が多い」という私の信念である。 確か「ミス・ユニバース」だか何かでベトナム人が何度か賞を取っているようにも 記憶しているが、それより…

ベトナム中部旅行記(1/7) ;交易都市ホイアン

この9月に丸一週間の休みを取り、前後の休日と合わせて計10日の長期旅行に出かけた。 (これでも)これほどの長期旅行は初めてで、 なるべく1か所の拠点を中心に滞在する旅行にしようと考えた。 いくつか考えた候補地の中から最終的に選ばれたのが、ベトナ…

ロシアSt.P.旅行記(4/4) ;共産主義と貴族主義

ロシアはかつて共産主義の元締めソビエト連邦の中核国家だった。といっても それは20年も昔の話で、平成生まれの若者にその認識は通じないのかもしれない。 そのころを知っている世代にしても、共産主義について詳しく知る人は多くないだろう。 共産主義に対…

ロシアSt.P.旅行記(3/4) ;ロシア人の冒険

今回ロシアへの旅行を決めてからネット上で調べたところ、 ロシアはいまだ旅行者にとっておそろしい国だという話がいくつも転がっていた。 旧共産圏の国(ただし中国を除く)へ行くのは初めてということもあり、 私にとって今回のロシア旅行はかなりの冒険で…

ロシアSt.P.旅行記(2/4) ;芸術の街

(前回の続き) そんな中で私が今回取り上げるお気に入りの一枚には、 19世紀フランスの画家コンスタン・トロワイヨンの「On the Way to the Market」を選ぶ (下記アドレスでエルミタージュ美術館公式HPから閲覧可能)。 http://www.hermitagemuseum.org/fc…

ロシアSt.P.旅行記(1/4) ;エルミタージュ美術館

このGWにロシアのサンクト・ペテルブルグを旅行してきた。 世界の博物館巡りの一環としてエルミタージュ美術館を訪れることが一番の目的だ。 旧共産圏の国としては既に何度も中国を旅行しているが、 ソビエト連邦の一角(というかその中核)であった国を訪…

ヒューゴの不思議な発明

今年のアカデミー賞(正確には作品賞なのか)の「アーティスト」は かなり敷居が高いし、第一まだ上映されていなかったので、 その対抗馬だった「ヒューゴの不思議な発明」を観てきた。 これも技術関連のアカデミー賞をとってたんだったかな。 タイトルや雰…

モロッコ旅行記(補筆) ;アズライトの首飾り

「スークの商人」で書いた250USドルの首飾り。 店主は銀の小片に刻まれた幸運の渦巻き模様を見せたくて持ち出したようだが、 私は最初から銀の小片の周囲にある青い管玉のほうに興味を持っていかれていた。 砂漠の民は、深い青色;藍色を愛するという。 砂漠…

モロッコ旅行記(4/4) ;スークの商人

モロッコでは、市場は「スーク」と呼ばれる。 マラケシュのメディナ(旧市街)の北半分はこのスークによって占められている。 簡単な加工を行う作業場を併設した建物を伴う店舗からなる商店街もあれば、 露天商が商いをするための広場もある。 客層は、観光…

モロッコ旅行記(3/4) ;タンジーヤ

モロッコというとアフリカ、アフリカというと黒人の大陸、というイメージがあるが、 実際のところモロッコの国民の多くはアラブ人、すなわち(南方系の)白人である。 かつてフランスの植民地(保護国)だった頃の移住者かもしれないが、 男性ではフランス人…

モロッコ旅行記(2/4) ;アトラスの大地

モロッコは、鉱物愛好家の間では結構一目置かれる国である。 ミャンマー(特にモゴック)やブラジル(特にミナスジェラス)ほどではないにせよ、 そこそこメジャーな鉱物標本や化石を豊かに供給している国として有名である。 有名どころでは砂漠のバラや三葉…

モロッコ旅行記(1/4) ;砂漠ツアー

年末年始の休みにモロッコに行ってきた。アフリカの北にある砂漠の国である。 なぜかは分からないが、無性に砂漠が見たくなったのだ。 はじめはもっと近場で中国の内陸を考えていたが、砂漠とはいえ冬は恐ろしく寒いらしい。 でも、(いくら北半球とはいえ)…