ネパール旅行記(4/4) ;ブータンの主張

身近な人にネパール旅行の話をすると、9割の場合
「確か『幸福指数』か何かを導入した幸福な国じゃなかった?」
というような反応をされる。
そして、大抵の人はそれが文化鎖国状態にある隣国ブータンのことであると知っている。
この点についてもう少し正確に書けば、
国の活動具合を、通貨の流動量を示す指数GDPで表現することに反発しているブータン
「うちは物々交換が多いからGDPは低い。しかしそれでも国民は幸福だ」
と主張している、というような話である。
大抵の人と同様、私もそれに対して「なに負け惜しみを言ってやがる」と感じていた。
今回ネパールに行くまでは。
今回ネパールに行って、私はブータン政府の言いたいことが分かったと思う。
 
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正直いって、ネパールは貧しい。
日用品物価は日本の約1/10で、アジアの大抵の中進国に当てはまる
マジックナンバー1/3のさらに1/3である(つまり中進国の国民が見てネパールは
日本人がアジアの中進国を見ているように見えるということ)。
もちろんそれだけではない。
ネパールでは電力はすべて水力発電に依存しているが、頻繁に停電を起こす。
水力発電所はあっても、ダムがないからである。
現代の日本が抱える赤字国債の額からも分かるように、ダムの建設費は高い。
道路事情は最悪で、交通信号も機能していない。
街にはごみがあふれ、トイレもおそらく機能していない(外務省のHPによると、
『下水システムは存在せず、トイレの普及率は20%』とのこと)
要するに、社会インフラがまったく整っていないのである。
 
ではネパール国民(カトマンズ市民)は物質的に貧しいかというと、実はそうでもない。
市内では露天商が安い衣料品を大量に売っているし、
一般人は簡単には変えないかもしれないが、高級な家電製品や自動車も売られている。
売られていれば当然欲しくなるし、一度買ってしまえばもうなしではいられない。
実はここに落とし穴がある。
自動車を動かすにはガソリンが必要だが、それはすべて外国から買わなければならない。
ちなみに、ネパールでのガソリンの価格は日本とそれほど変わらないとのこと。
物価を考慮すると、日本でガソリンが1リットル千円以上する感覚である。
ネパールでタクシーの運賃をむやみに値切ってはいけない。
また、家電製品はもちろんのこと、おそらく衣料品もすべて輸入に頼っている。
低価格衣類の巨大生産国に挟まれているネパールが、
衣類を国内で生産できるとは思えない。
となると国として外貨が必要になる。が、ネパールにはそれを稼ぐ力がない。
世界トップクラスの観光資源に恵まれていながら、インフラの問題で
それほど多くの観光客を受け入れることができないのである。
それに政治的にも問題を抱えている。それぞれの政治勢力によって
強制的なゼネストが実施されて社会が数日間麻痺することもあるという。
 
ではどうなるかというと、人間の労働力が直接的に輸出されることになる。
いわゆる出稼ぎである。
帰国のとき国際空港に到着すると、深夜にもかかわらず人があふれていた。
9月はまだオフシーズンだと聞いているが、こんなに帰国する観光客が?
と不思議に思っていると、ガイドいわく
「彼らはこれから出稼ぎ先に戻っていくネパール人と見送りの家族です。」
ドバイやカタールなどの中東の産油国に出稼ぎに行くのだという。
陽気な南方アジアのこと、別に涙の別れシーンというわけではなかったが、
それでも愛する家族、恋人を残して見知らぬ地へ出稼ぎに出ることが
不幸でないはずがない。
どうしてこうなった?それは、グローバル経済の甘い罠に絡め取られたからである。
ブータンは、世界に対してそう主張しているのではないか?
おしゃれで安い衣料品は要らない。うちにはうちでしか作れない民族衣装がある。
自動車は要らない。ガソリンが買えないし、自分の足で移動すれば健康にもいい。
映画もDVDも要らない。自分達の歌や踊りがあり、
それを楽しむ仲間やコミュニティもある。停電になったってへっちゃらだ。
だから、私達の社会をそっとしておいてほしい。
お隣ネパールに見られるような街の環境悪化、出稼ぎという不幸を
うちに持ち込まないでくれ。
 
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しかし、ネパールはいずれ変わると思う。
今政治が激しく混乱しているということは、変革のチャンスでもある。
国民の関心も高いようで、いずれ国民が望む方向に進んでいくのではないかと思う。
世界トップクラスの観光資源を擁しており、世界各国の関心も高い。
下心のない国もある国も、援助や投資をしやすい国ではある。
それに何といっても、山岳民族は優秀である。
遠くない将来、ネパールが観光立国を成し遂げて多くの観光客を受け入れ、
十分な外貨を稼ぎ出し、グローバル経済の尺度で見て国民が豊かになったとき、
ブータンはそれでもネパールを指差して
「ああなるよりは伝統的な生活を守るほうがいい。ほうっておいてくれ」
と言い続けられるだろうか?
だとしたら、それは負け惜しみではなく、本当に立派な主張なのだと思う。