新型コロナウィルス感染症の謎

 今年の1月中旬あたりから世界的なニュースとして騒がれ出した新型コロナウィルス感染症、2月までは「ダイヤモンドプリンセス号」の名前とともに話されることが多かったものの、3月には欧州で感染爆発し、4月に入って以降はアメリカ(USA)がそれを上回る勢いの感染爆発状態となり、今では世界中のニュースを独占してしまっている感がある。日本では3月下旬以降特に首都圏で感染者が急増しはじめ、現在に至っている。ネットやマスコミでは様々な意見や主張が飛び交っているが、そのほとんどは不安感・恐れなどの感情から来る冷静さを欠いたものである。政治や行政への不満、社会への不満や怒りの吐露などは大抵その類であり、いわゆるヘイト・スピーチと大して変わらない。本件に関して冷静な人々にとっての最大の関心は、この感染爆発状態が果たしていつまで続くのか、であろう。経済的な損失や社会的な悪影響(学校閉鎖による学力低下など)に関する議論でも、結局はこの状態がいつまで続くのかが分からない限り有意義な結論を出すことができないのだから。他者への怒りに基づく感情論は聞き手側の不安感を煽るだけであるのに対して、冷静で論理的な考察は逆に聞き手側の不安感を抑制する効果があると信じ、私は以下の考察を文章として記すつもりである。
 
 現在私が感じている本件に関する最大の謎は、これまでに世界中の都市で発生している感染爆発がしばらくたつと収束に向かう点である。そもそもの感染爆発発祥の地である武漢では、すでに3月上旬あたりから新たな感染者がほとんど出ていない状況にあるという。これについては各方面から「信用できない」との指摘が挙げられており、実際中国の当局も「特定症状の出ている患者を感染者として扱う」=「無症状の感染者は計上されない」とかなり早い段階で公言していた。したがって実際の感染者数が公式発表の人数より多いことは間違いない。けれども、武漢市における感染者が公式発表のおよそ8万人より一桁も二桁も多いとは考えにくい。それならば武漢市民がネット上で騒ぎだし、当局の監視を逃れて何らかの情報が国外に漏れてくるはずだが、そのような話は耳にしない。せいぜい「用意されていた骨壺が公式発表より2倍程度多い」という情報くらいである。感染者数・死亡者数ともにすでに中国を上回っているイタリア・スペイン両国においても、感染者の増加は鈍化している。収束に向かっていると言える状況ではないものの、新規の感染者や死亡者の数には先週(4月上旬)あたりから減少している。もっともこの両国に関して「当局や医療機関の限界により正確なカウントができなくなっている」との情報もあるが、やはり一桁も二桁も少なくカウントされている状況だとは考えにくい。
 
 そもそもウィルス性の感染症が感染爆発を起こした場合、感染爆発が終息するパターンは多くない。理屈で最も考えやすいのは、人口の大半が感染してしまうパターンである。しかし、考えやすさに反して実際にこのパターンが実現された例は歴史上ほとんどない。おそらくこれに最も近い例が今からおよそ100年前に流行したスペイン風邪だろうが、それでも「人口の大半が感染」というところまではいっていない。
http://www.tokyo-eiken.go.jp/sage/sage2005/
上記資料によれば、感染者数は世界で6億人、日本で2千万人とのことで、日本で見ても高々人口(5.5千万人)の半分程度である。したがってしばしば耳にする「全員感染することで終息させよう」という主張は非現実的な机上の空論である。
 
 現時点(4/18)での情報では、イタリア・スペインとも感染者数は公式発表でおよそ18万人、実態はそれより多いとしても30万人まではいかないだろう。イタリアの人口はおよそ6千万人、感染者が集中する北部に限定して考えても、現時点での感染者数は人口全体の高々1%程度なのである。中国・武漢にしても、全人口は1千万人、たいして公式の感染者数は10万人に満たない。どちらも「全員感染」という状況からは程遠い。にもかかわらず、中国やイタリアにおける累積感染者数の推移はあたかも人口の大部分が感染してしまったかのような挙動を示しているのである。これこそが上記の「謎」の核心である。ちなみに日本の東京では、23区の人口がおよそ1千万人に対して感染者は3千人に届かないくらい。感染率はまだはるかに低いが、数学的にはどちらも指数関数的な感染者の伸びが予想される段階である。
 
 ただしそれは何らの対策もなされなかった場合の話であり、実際の感染者の増加がそれより低いのは実施された対策の効果の顕れである、という解釈もできる。マスコミや当局は大々的にはそう言わないものの、専門家も含めて多くは内心そう考えているのではないかと思う。しかしその場合、何らかの痕跡が見て取れるはずである。例えば東京では、3月末からから月曜日の前後に新規の感染者数が減少し、水曜日から週末にかけて増加する傾向がある。これはおそらく、その前の週末に感染する人数が減少し、それが8日前後のタイムラグで新規感染者の数に顕れてきているものだと推測される。感染から発症までに平均4~5日、検査待ちで2~3日、さらに結果が出て計上されるまでに1日で8日前後と考えれば、タイムラグの日数も妥当である。3月の第4週から4月第2週まで新規感染者が線形に増加してきたのが4月第3週に横ばいに転じたように見える(4/11土にそれまでで最大の197人となって以降、翌週4/18土までにそれを上回る感染者を出したのは1日のみである)のは、4月第2週に出された緊急事態宣言が社会に与えた影響によるものだとも解釈できる。
 
 とはいえ、実感としてその効果はとても頼りなげで弱々しい。すぐにまた増加の傾向に転じてしまいそうである。中国や欧米と違って東京ではロックダウン(都市閉鎖)をしていないからだという主張があるだろうが、私はそうは思わない。「ロックダウン」などと言葉は重々しいが、イタリアでも武漢でも住民は食料品の買い出しには行けるのだし、食料品等生活必需品の輸送や生産、加えてごみ収集も滞りなく行われているのである。実態をよく見れば、大多数のまじめな東京都民の生活と大きくは変わっていない。ロックダウンをすべきだという主張は、不安感によって隣の芝生が過剰に青く見えているか、力強そうな何かにすがりたいだけ、もしくは単に日本政府・行政を批判したい勢力が唱えているものだと思う。冷静な論調と論拠をもって東京のロックダウンを訴える主張を私はまだ聞いたことがない。
 
 それと比べて、武漢やイタリア、スペインの感染者数増加の収束傾向はまさに“傾向”と呼べるものであり、力強さを感じさせる。未感染者数の減少によって生じる傾向に見える。とすると、感染者/未感染者の他に相当数の「免疫保有者」が存在しているのではないか、という仮説が考えられる。免疫に関してはBCGワクチン日本株の有効性の可能性がすでに指摘されているが、これはあるとしても感染者に対する死亡率低減効果であり、今考えている感染に対する免疫効果の可能性は指摘されていない。やはり指摘されている基礎疾患(持病)の影響についても同様である。その他人種や性別などの先天的な要素についても指摘がなされているが、上記のような顕著な効果を示すものではないだろう。
 
 免疫とは逆の発想で、通常よりも感染しやすい人間がいる、という仮説はどうだろう。その比率が全人口に対して1%程度だとすれば、そのグループの大部分が感染した時点で感染者の増加は収束の傾向を示すことになる。東京(23区)の感染者の比率はまだ0.03%程度であり、自発的な収束傾向が見えてくるのはまだまだ先、それまでは弱々しい効果を追求する努力の日々が続くことになる。3月初めころだったか、新型コロナウィルス感染症に関するある調査結果が報告された。それは、感染者の大部分は誰にも感染させることなく感染者として認定・隔離されており、それ以外の少数の感染者が多くの人に感染させている、というものである。これはいわゆる「スーパースプレッダー」というやつだ。今ではもう感染経路不明の感染者が多すぎてこの傾向がどうなっているかを確認できないが、特定施設内で短期間にクラスター感染が発生するのはこの指摘の妥当性を示している。この「スーパースプレッダー」予備軍が人口比で1%程度存在しており、彼らの大部分が感染判明・隔離された時点で感染者の増加が収束に向かう、というのはどうだろうか。うーん、惜しいがもう一つ足りない。そのためには、スーパースプレッダー予備軍が一般人と比べて著しく感染しやすい性質を持っていなくてはならない。
 
 だが、いいところまでは来ている。スーパースプレッダー予備軍は、特殊な体質を持つ者たちではない。それは不特定多数の人間と頻繁に会話をする者たちである。私は日ごろ、家族と職場の数名の決まりきった人々としか会話をしない。店に買い物や外食に出かけても、店員と会話をすることさえほとんどない。たいていの人もおそらく私と変わらないだろう。程度の差はあるとしても。けれども、そうでない者たちが確かにいる。バーや居酒屋で初対面の相手と楽しく会話をし、休日には趣味の集まりやパーティではなり楽しく会話をする。彼らの多くはまた多く人と接する職業に就く。いわゆる「陽キャ」である。陽キャ陽キャを好み、陰キャと交わる機会は多くない。逆に陰キャ陰キャ同士で集まり、その日常に陽キャが絡んでくることは少ない。もし陽キャの群れにインクを一滴たらしたならば、たちまちのうちに社会の中の陽キャがインクで染められていくだろう。周囲の陰キャも少しは染められるだろうが、その先へは浸透しない。人間同士の密接なつながりがないからである。社会の中の陽キャが色で染められ尽くしてくると、感染速度に明らかな違いが生じることになる。まあ個人的な陽キャに対するやっかみも含まれているが、人との会話が重要な感染リスク要素だと明らかになっている以上、陽キャ陰キャの違いが感染しやすさ&させやすさに影響しないということは考えにくい。
 
 このような社会構造は日本特有のものだと考えられがちだが、実は中国でもヨーロッパでも大して変わらず、大人の陽キャは全人口のうち1%程度しかいない、ということではないだろうか。感染者の多いイタリアやスペインはいわゆるラテン気質で陽気な国民性だとされているが、実際のラテン人(古代ローマを建国した)はまじめな人たちだとも言われている。イタリア北部は歴史的にも職人の多い土地である。実はイギリス人やドイツ人とあまり違わないのだろうか。なお、アメリカでは少し事情が違うようである。特に多く感染者を出しているニューヨーク市では、貧しい黒人やヒスパニックに感染者が多く、豊かな白人には少ないという。アメリカでは貧しい人々は互助組織を作って交流を深めるため、個人の性格に関わらず感染が拡大しているようである。
 
 今の状況がこれから先どれくらい続くのか。「収束」については専門家や各国当局の予想よりも早く来るのではないかと思う。理由は上記のとおりである。けれども「終息」については、早期達成の見込みはごく小さいだろう。仮に日本も台湾のようにうまくやれたとしても、かかわりの深い諸外国のすべてが同様に感染を抑え込むまでは感染者の根絶が難しいからである。マスコミや世間の発する不安を煽る声に囚われることなく、無理のない長期戦の構えで辛抱強く冷静にこの困難と向き合うことが最終的に良い結果をもたらすのではないかと思っている。