韓国の野望・後編

(前編からの続き)
 今回の韓国政府による「GSOMIA破棄断念の決断」により、「南北朝鮮の統一」という文大統領の野望は達成がかなり困難になった。この決断はアメリカとの同盟関係の重要性を韓国国民に再認識させる結果となり、今後再びこれを破棄すると言い出せば国民の支持を大いに損なう結果を招く。普通に考えれば、上記野望の成就を最優先に考えてGSOMIAの破棄を断行するところである。日本政府からの援護射撃(詳細はどうでもいいからとにかく強硬な態度)もあり、自国民の多くがGSOMIAの破棄を支持している。ルビコン川を渡るには絶好のコンディションである。彼はなぜそうしなかったか、を考えるよりは、今回の決断を直接的に引き出したとされる“アメリカの警告”が何であったかを考えるほうがおもしろい。
 
 8月末の「GSOMIA破棄宣言」以降、アメリカの政府関係者と軍関係者が何人も韓国を訪れ、韓国政府に翻意を迫ってきた。アメリカ政府は韓国のGSOMIA破棄をその自由主義勢力からの離脱の意思表明と捉え、それを許さないという立場でいたことは明らかである。先に書いたように日本政府が消極的な姿勢であるのに対して、アメリカがこれほど積極的なのはなぜか。「朝鮮戦争で韓国のために犠牲となった十万人のアメリカ兵のため」という主張があるが、私はそれに説得力を感じない。アメリカは東アジア諸国のようにメンツを重視せず、徹底した合理主義を貫いている。先行投資の損切ができずその未練によって国のかじ取りを誤ったのは第二次大戦前の日本であり、アメリカはその危険性を歴史からよく学び取っているはずだ。
 
 日本とアメリカのもう一つの違いは、戦争による国際問題の解決を許容するかどうかである。憲法がそれを許容しない日本にとって韓国の価値は防波堤に過ぎないが、その可能性が常に検討されているアメリカにとって韓国の価値は橋頭保、すなわち前線基地である。空軍と海軍の基地としては日本で事足りるが、陸軍の基地としてはどうしても韓国が必要になる。軍事という観点から見ると、日本海の存在はたいていの日本人が考えているよりもはるかに大きい。当面の仮想敵国は北朝鮮だろうが、中国における軍部の暴走という事態も十分に想定し得る。アメリカはこのように考え、韓国との同盟関係破棄につながりかねないGSOMIA破棄決定の撤回に積極的であったのだろう。
 
 ここで本題に戻り、アメリカはどのように警告して韓国と文大統領の決断を撤回させたのだろうか。韓国人の感覚として、被害者の立場は強い。被害者の主張は常に加害者のそれよりも正しく、それが強者によって認めてもらえるものと考えている。被害者はもちろん常に自分、加害者は通常日本もしくは韓国政府、そして“強者”はアメリカだったり国連だったり中国だったりする。しかしそのアメリカを加害者としてとらえる場合、アメリカは“強者”ではなくなり、正しくも強くもないとみなすようになる。この辺り、日本人にはなかなか理解できないが、下手に理解しようと思わない方がよい。自然科学と同じで、まずは客観的に観察してその結果を受け入れることが重要だ。したがってアメリカが経済的もしくは軍事的に韓国に脅しをかけた場合、韓国側は自分たちが被害者、アメリカが加害者と考えるようになり、全面的に反発・反抗するだろう。おそらくこれまでの2,3か月でアメリカはそれを行っており、期待した効果が得られないことを確認している。
 
 韓国人には、恥とか誇りとか、強いとか弱いとかいう他国では当たり前の概念が通用しない。韓国にもそれらはあるのかもしれないが、日本で考えられている概念とは相当に異質なものである。その中で私が見出したのは、先述した被害者と加害者の関係性が非常に高い優先度を持っているという事実である。日本では「真実=正しい」「うそ=悪い」であり、真実が尊ばれ嘘が忌避されるが、韓国ではこの図式が「被害者=正しい」「加害者=悪い」に置き換わる。そして相対的に真実と嘘の重要性が低下する。「韓国人は平気でうそをつき、真実を顧みない」と言って日本人は怒るのに対して、韓国人は「日本人は平気で加害者の主張を展開し、被害者の主張を顧みない」と言って怒っている。
 
 このように考えると、韓国人の実態が少し見えてくる。であるならば、韓国人は自らを加害者=悪者だと認めることが耐えがたく恐ろしいということになる。事実、彼らはベトナム戦争で韓国人兵士が行ったとされる非人道行為、すなわち非戦闘員の虐殺・レイプの実態に向き合うことができないでいる。だが、韓国人に「自ら認めさせる」というのは容易ではない。彼らにとって嘘への罪悪感は弱く、あえて嘘を信じることにより自認は容易に回避することができる。
 
 そこでアメリカは、「アメリカとの同盟関係が破棄された場合、アメリカは竹島を占拠している韓国人を排除する」と警告したのではないかと思う。韓国軍による竹島の占拠はあちらのテレビで何度も流れている事実であり、さすがの韓国人もこの事実を嘘で否定することはできない。普段は「竹島(独島)は歴史的に韓国の領土」と信じることで問題視せずに済ましているが、この件について第三者にして“強者”でもあるアメリカに軍事力をもってそれをはっきり分かる形で否定されれば、そうも言っていられなくなる。その場合、韓国人の多くは自分たちを被害者、アメリカを加害者ととらえ、やはり自らの“正しさ”の認識を保つことができるかもしれない。しかし政府関係者をはじめとする少なくない韓国人が「国際法的には竹島は日本の領土であり、これまで韓国軍がそれを不法に占拠している」という事実を認識している。だからこそこの件についてハーグの国際司法裁判所への出廷を拒否しているのであり、「済州島は歴史的に韓国の領土」とは言わずに「独島は歴史的に韓国の領土」と主張する。実はこの点は彼らにとって精神的な弱点であり、被害者で正しいはずの自分たちが悪い加害者の立場に転落する不安・恐怖を払しょくするために、執拗に日本に対して“承諾”を求めてくるのである。当然アメリカの上層部はこの点を認識しているはずで、彼らに受け入れがたい恐怖をもたらす切り札として突き付けたのではないかと想像する。逆に言えば、それ以外にGSOMIA破棄を撤回させるという奇跡の交渉結果をもたらすカードが私には想像できない。
 
 今の韓国国内が分裂状態にあることは間違いない。文大統領はいわゆる従北派であり、今ではその同志が政府や軍の上層部に入り込んでいるという。対する保守派はアメリカとの同盟関係を重視しており、日本政府以上にGSOMIA破棄の撤回を求めていたはずである。今回の直前に多くないとはいえ高純度フッ化水素の輸出許可を日本政府(経済産業省)が認めたというニュースがあった。このご時世、両国ともマスコミ発のニュースは信用できないが、これが本当だとすれば、おそらくそれは韓国内部の保守派への援護射撃だと解釈すべきだろう。彼らが国民世論をまとめられれば、現政権を倒して再び韓国を“潜在的な友好国”に戻すことができるかもしれない。ところで、いくら反日が国のアイデンティティにまで昇華しているとはいえ、国民の半分が自由主義陣営の立ち位置/アメリカとの同盟国の立場を捨ててでも反日に酔いたいと考えるだろうか?最後にこの点について考察してみたい。
 
 現在に通じる韓国の反日意識の起源は、第二次大戦後の軍事独裁政権が国内をまとめるために広めたものだと言われている。アジアの独裁政権はその直前の権力体制を徹底的に否定するものなので、この主張の信ぴょう性は高い。もちろんその前の併合時代には独立の欲求があっただろうし、それ以前にも様々な恨があっただろうが、それらは今の反日意識とは毛色の異なるものである。この軍事独裁政権も激高しやすい国民に対していろいろと苛烈な弾圧を加えていたわけだが、そんな忌まわしい支配者から与えられる反日意識を彼らは素直に受け入れたのだろうか。この点について、何か別の要素が働いていたのではないだろうか?
 
 今日の日本には、「併合時代に日本は朝鮮半島に多大な投資を行い、近代化を進め、人口も倍増させた。なによりも、それ以前の清国の属国状態から脱却させてやったのに、なぜその恩を仇(というか反日意識)で返すのか?」という論調がある。私は、逆にこの事実こそが韓国人の反日意識の根底にあるのではないかと考えている。もしも軍事政権時代の韓国人が「かつて我が国は清国の子分として東アジアでも高い地位にいたのに、格下の日本が我が国を清国から切り離し、さらに清国滅亡の引き金を引いたのだ」と考えていたとしたらどうだろう。分からなければ、もしいま中国かロシアあたりが日本国内の米軍基地をすべて攻撃・破壊し、その結果米国が孤立主義を深めて東アジアにおけるプレゼンスが低下したとして、その国が「日本をアメリカから独立させてやったんだから恩に報いよ」と言ってきたとしたら、どうだろうか。ほとんどの日本人はその国を憎悪し、かつてアメリカとともにアジア・太平洋地域の安定に貢献してきた過ぎし時代に親近感を感じるだろう。そう考えると、韓国人の反日意識だけでなく、実は結構強い反米意識と中国への親しみ、さらには今なお中国と同盟関係にある北朝鮮への親近感までが説明できる。「日本がその時代の貧しさから引き上げてやり、漢江の奇跡が実現した」という反論もナンセンスである。日本人だって、物質的には今よりはるかに貧しく身分制度も酷かった江戸時代に対して親しみを感じているではないか。こんにち「時代劇」といえばそれは江戸時代を舞台とした劇を指す。人は、物語でしか知らない過去の時代に親しみや栄光を覚えるものなのだ。
 
 そのように考えると、今回のGSOMIA騒動はこれで収束しない未来も見えてくる。今後は韓国人の反米意識が試される展開になるのではないだろうか。そこに反日の燃料が投入されれば、今後の米韓軍事同盟の破棄もあり得ない話ではないと思う。まだ文大統領の任期は残されており、支持率も低くない。まだまだ楽しませてくれそうな予感がする。