スペイン旅行記Ⅱ(1/4) ;太陽とガウディの街

 今年の夏休みを利用してスペイン旅行に行った。首都マドリッドから南部アンダルシア地方のグラナダ、それに北東部カタルーニャ地方のバルセロナの主要三都市を巡る旅行である。スペインには5年前(2014年)の同じ時期にも旅行に行っており、そのときにもマドリッドグラナダを訪れている。この5年間で内心心配したほどの変化はなく、当時の記憶がそのまま通用する場面もしばしばだった。今回訪れたもう一つの都市であるバルセロナは初めて足を踏み入れた土地で、これまた旅行記に記すべきコンテンツが満載の観光都市である。

 

 マドリッドでは、地下鉄路線の中心的な駅のあるソル広場(プエルト・デル・ソル)の周囲に広がっている旧市街を歩いた。5年前には行けなかった地区である。ヨーロッパらしい重厚な街並みにカフェ、レストラン、その他の雑貨店が集まっており、多くの観光客と地元住民で賑わっていた。ここでは強い日差しを軒先の日よけでしのいだだけのオープンテラス席が人気で、エアコンの効いた店内よりも先に客で埋まっていく。真夏のスペインはまだ梅雨の明けていなかった東京よりももちろん暑いのだが、それでもテラス席で心地よく過ごせるのは、頭上の細い配管から噴射されてくるミストのおかげである。湿度の低いからっとした暑さであるため、このミストが周囲の人や空気から効果的に熱を持って行ってくれるのだ。

 グラナダヘの移動も前回と同じくAVEの高速鉄道を利用した。グラナダは実際のところ見るべきものの多いスペイン随一の観光都市であるのだが、国際的な知名度の点ではアルハンブラ宮殿一強の状態である。かつて北アフリカのモーロ人に支配されていたイベリア半島レコンキスタ運動によって再びスベイン人の支配下に戻ったのだが、ただ一つのイスラム王朝のみがその後数百年にわたってグラナダの地に存続した。その王の居城がアルハンブラ宮殿である。街の外れ、シエラネバダ山脈につながる山裾の高台にある宮殿は、スペインで最も有名な世界遺産として世界中から多くの観光客をひきつけている‥‥はずだった。

 時間指定された入場チケットが買えないと宮殿の中には入れないのだが、webサイトでの販売分はすでに売り切れており、当日券を買わなければならなかった。万全を期すために朝の5時に起き、空で月が明るく光っている夜の道でタクシーを拾った。チケットの販売開始は朝8時からだったが、チケット売り場に着いた時には意外と言うべきかやっぱりと言うべきか、他に誰もいない一番乗りの状態だった。15分ほどして中国から来たという二番乗りのグループが並んだが、その後に来た客は10人に満たない程度だった。不思議に思ってスタッフに尋ねると、なんとこの日(火曜日)販売される当日券はわずかに5枚だけだという。実は時差ボケで早く目覚めてしまったことが奇跡的な当日券ゲットをもたらしたわけだが、当日券が5枚だけとはどういうことなのか。

 入場規制が厳しくなったわけではないようで、宮殿入口には前回訪問時と同じくらい、100人くらいの行列ができていた。一日の入場客は2,000~3,000人といったところだろう。ちなみに5年前は7時半頃に来てチケット売り場前の長い行列に並び、午前の入場チケットを余裕でゲットしている。こんなおかしな形に変化しているというのは、観光地の運営に関しての今後が心配される状況である。

 

 スペイン南部のグラナダから北東部のバルセロナヘは飛行機で1時間ほど。碁盤の目状に整然と区画された街と広い道路は、この都市を首都マドリッドよりも都会風に見せる。街全体を見渡せるようなタワーなどの高層建築物はなく、海岸にせり出したモンジュイックの丘がその代役を担っている。標高185メートル。途中まではケーブルカーで、そこからはロープウェイで登る。もちろん徒歩でも登れるし、車道もある。その麓に散在する施設では、かつてオリンピックが開催されたそうだ。頂上にはかつての要塞跡があり、バルセロナの街が地中海に面している東側を見晴らすと、無数のコンテナの並ぶ港が見えた。反

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コンテナの並ぶ埠頭(バルセロナ

対側の西方、内陸側は‥‥、思ったほど街並みを望むことができなかった。いや、見渡すことはできるのだが、テレビなどでしばしば見かける四角いビル群が整然と並ぶ様子を見ることはできなかった。バルセロナの街全体が海岸から内陸の山地に向かう斜面に作られており、海岸線と垂直な道は少し内陸側に入ると基本的に坂道となる。そのため海岸沿いにある200メートル近い高台から見ても、内陸側の街並みを上から見下ろすことまではできないのである。

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モンジュイックの丘から俯瞰したバルセロナの街並み


 とはいえそれでもこの街の異様さを感じることはできた。見渡す限り中層の建築物が延々と並んでおり、田畑はもちろん公園も見当たらない。高層ビルもない代わりに戸建ての住宅もない。この街にはもう開発の余地が残されていないのではないだろうか。眼下に並ぶ中層建築物は大半が集合住宅のようで(ただし1階は各種の店舗として利用されている)、会社のオフィスはどこにあるのかと不思議に思った。バルセロナ市の人口はおよそ160万人、川崎市とほぼ同じとのこと。

 ここのほかに観光客が行く場所として挙げられるのは、一つはモンジュイックの丘より北側に広がる海岸沿いのエリア。海に面したビーチでは、水着姿の若者がビーチバレーを楽しんでいた。その近くには、ヨットハーバーや水族館などのレジャー施設、パエリヤなどシーフードを食べられるレストランが並んでいる。市内でただ一か所見かけた超高層オフィスビルの建っているエリアや、カジノを併設する高級ホテルなども近くにあった。

 普通の地元市民が休日に出かける先は、モンジュイックの丘のすぐ北側から内陸に向かって伸びるランブラス通り。この通り沿いに大きな市場や公園、そして音楽堂があり、昼も夜も平日も多くの人でにぎわっている。人々の流れに乗って通りから一ブロック分奥へと歩くと、荘厳なカテドラルや美術館が散在していた。全体がヨーロッパ風の荘厳な街並みで、建物も路地も公園もみな石造り、石畳である。ここがバルセロナの旧市街なのだろう。しかしそこに並んでいるのはおしゃれな感じの雑貨やスポーツ用品を扱う店ばかりで、古めかしさや荘厳さは感じなかった。街をゆく人々も若者や家族連れが多い。

 そしてもう一つ、特に海外からの観光客にとって外せないスポットが、ガウディの建築群である。いまだ完成していないサグラダ・ファミリア大聖堂が有名だが、それ以外にもガウディの手掛けた建築物はバルセロナ市内に数多くある。それらは一か所にかたまっておらずすべて見ようと思うと結構大変なのだが、サ大聖堂以外ではグエル公園をぜひ訪れておきたい。バルセロナの街で内陸に向かってかなり坂道を登ったところ、実際には歩いて登るわけではなく地下鉄とシャトルバスを乗り継いで登った先にその公園はある。木立とオブジェの調和する森林の中の道を歩いて広場に出ると、斜面の下に海岸まで広がるバルセロナの街並みを見渡すことができる。サ大聖堂から意外と近い。

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グエル広場のガウディ建築


 広場の先は事前予約の必要な有料エリアとなっており、その中に入るとまた驚きが待っていた。広場と思っていた場所はじつは建築物の屋上で、その下に独特の建築群が並んでいた。以前この一帯にバルセロナ市の高級ベッドタウンを造成する計画があり、そのエントランス部分をガウディが依頼されて造ったものであるという。しかし結局高級ベッドタウンは造成されず、エントランス部分のみが残されてしまった。しかしこんにちではそれが未完の大聖堂に次ぐ観光名所となり、訪れる観光客にガウディの仕事とバルセロナの街並みを知らしめている。

 そして、サグラダ・ファミリア大聖堂。荘厳で巨大なカテドラルとそれよりも高い建築用クレーンの取り合わせはいやでも目立ち、少しでも見晴らしのきく場所に立てばすぐに見つけることができる。ここも入場するにはネットでの事前予約が必要で、時間帯指定があるにもかかわらず、入り口には暑い中長蛇の列ができていた。概して巨大建築は遠くから眺めるものである。この大聖堂も近くからだとその全容を見ることができないのだが、入り口に立つ者にも厳かな気持ちを起こさせる外装の装飾が入口扉のはるか上まで施されている。“装

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サグラダ・ファミリア大聖堂入り口付近の装飾


飾”というよりは人物像の彫刻というべきもので、音声ガイドによればそれぞれが聖書に書かれた場面を表しているという。

 しかしその中に入ると、他の荘厳なカテドラルとは雰囲気がまるで異なっている。明るく開放的で、古めかしい感じがしない。中が明るいのは、伝統的な

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サグラダ・ファミリア大聖堂のステンドグラス


ものとは一線を画す両側の巨大なステンドグラスのため、近代的な印象を受けるのは、それに加えてデザイン性を付与された何本もの主柱のためだ。この大聖堂の荘厳な外観はテレビなどで何度も見ているが、中の様子は今回初めて見たように思う。

 

 太陽と情熱の国スペインに、人々は太陽を求めてやってくる。とはいえスペインに住まうには、その真夏の太陽が少々強すぎるようだ。アルハンブラ宮殿ではライオンの間に直射日光が降り注いでいたが、モーロ人風(イスラム風)の茶店、それに伝統的で荘厳なカテドラルの内部は昼なお暗かった。元来フラメンコを歌い踊っていた人々は、崖に掘った洞窟の中に住まっていた。ガウディはこの強すぎる太陽をステンドグラスや色鮮やかなタイルによって制御したのだろうか。彼の時代バルセロナをはじめとするカタルーニャでは新たな芸術の潮流が興り、ダリやピカソといった同時代の芸術家に強い影響を与えたというが、そういう観点で彼らの仕事を見ると何かが見えてくるのかもしれない。