スペイン旅行記Ⅱ(3/4) ;パエリヤ食べ歩き・下

 二皿目のトライは、トレドの旧市街にあるレストランでのこと。トレドはマドリッドの近郊にある都市で、小高い丘の上に造られた城塞都市の様子を今に残す観光都市である。全体が世界遺産に登録されている。歴史的な石造りの家

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トレドのカテドラルと市街地
屋がみやげ物屋やレストランとして利用されており、強い日差しのもと多くの観光客で賑わっている。お昼の時刻を過ぎているが、レストランの席にはまだまだ空きがある。というのも、スペインでは太陽に基づく時間と人間社会で流れている時間の間に差異が存在している。加えて7月は夏時間が適用されていることもあり、太陽が真上に達するのは15時くらいになる。とすると、こちらの正午は日本の午前9時くらいの感覚である。大抵のスペイン人は14時頃に昼食をとるらしい。
 
 路上に広げられたパラソルの下のテーブルに陣取ってメニューをチェックしていると、中国人風のウェイトレスがやってきた。当世、中国人は観光客としてだけでなく移民としてもスペインに多く流入してきている。待つことしばし、同じウェイトレスの持ってきたパエリヤは、白い陶器の皿に盛られていた。ご飯は黄色く、油で炒められてパラパラとしていた。いや、これってパエリヤじゃなくてチャーハンでしょ。看板に示されている写真とも全然違う。厨房の中でどんな調理師がどのように調理しているか、手に取るように分かる。このときの残念感は後々まで尾を引き、必ずやおいしいパエリヤを食べてやるぞという思いを新たにさせた。(;ちなみに中近東の発祥というピラフも本来はパエリヤに近いものだが、日本ではチャーハンに近い形に改変されているのだとか。)
 
 その隣の建物もレストランになっており、ふと見ると日本人のカップルが黒い鉄皿に盛られたパエリヤを食べていた。あちらの料理はおいしそうなのに、なんて運の悪い。しかし調べてみると、観光地の小さなレストランでパエリヤの写真入り看板を立てているところで供されるパエリヤは、ほぼすべてが冷凍食品を加熱しただけのものだとのこと。白い皿に盛られたピラフと五十歩百歩の違いしかないらしい。そういわれると、先にマドリッドイカ墨パエリヤを食べたレストランにも写真入りの看板が立っていたような。考えてみれば、観光地でその土地の名物でもない料理に期待するなどということは日本でも難しい。スペインにまで来ていながら、おいしいパエリヤにありつくのはそう簡単なことではないようだ。
 
 三皿目のトライは、地中海に面したバルセロナの街でのこと。バルセロナももちろん観光都市、レストランの料理にはやはり信用できないとはいうものの、この街はまたパエリヤの本場でもある。多くのおいしいレストランが集まるというヨットハーバーに面した地区へ行き、中でもきれいで高級そうなレストランに入った。その雰囲気を裏切らず、値段も高い。それでもおいしいパエリヤが食べたい。そもそもパエリヤは、生の米から作る。だからそんなに早くできるはずがない。早く出てくるパエリヤは、それこそが冷凍食品であることの証しなのだ。この店では注文してからずいぶんと長い時間待たされた。途中で空の雲行きが怪しくなり、屋外の席から屋内に入るよう店員に勧められ、そのすぐ後、一帯は激しいスコールに見舞われた。料理が出てきたころには、スコールはすでに小降りとなっていた。
 
 大きな黒い鉄皿に盛られた料理の様子は立派で、普通のエビに加えて手長エビも入っていた。手長エビは、胴体の部分がシャコに近い感じだった。貝も2種類入っており、黒いムール貝のほかに日本では見かけない白い二枚貝が入っ

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手長エビの入ったパエリア:三皿目
ていた。食べてみるとハマグリと同じ味がして、大変おいしかった。それらの出汁のきいたソースも当然おいしい。が、ご飯に問題があった。まだ十分に炊けておらず、お米に芯が残っていた。アツアツのソースとおこげの取り合わせであればよいのだが、芯の残っているお米との取り合わせはあまりよくない。冷凍食品でないことはよく分かったが、やはりこれで終わらせるわけにはいかない。バルセロナのパエリヤは水を多めに入れて作るそうで、お米が柔らかくなると出汁のきいたソースと絡んでとろりとした口当たりになるらしい。
 
 そういうパエリヤを期待して、最後四皿目にトライした。同じバルセロナ市内で最大の市場に隣接するレストランである。この市場では野菜・果物からシーフード、それに生ハムなどの肉類まで様々な食材を扱っており、観光客が中

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サン・ジュゼップ市場内部の様子
で食べ歩きすることもできる。それをあえてせず、おいしいパエリヤに巡り合うことに賭けた。ここでも注文してから料理が出てくるまでにずいぶんと待たされ、市場で買ったブラックチェリーを食べながらそのときを待った。果たして出てきたパエリヤは、ご飯の上は柔らかく炊き上がり鉄皿に近い底部はおこげの触感となったこれぞパエリヤという感じのものだった。ただ、シーフードのゴージャスさと味では高級レストランで出てきた三皿目の方がよかった。

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市場の近くで食べたパエリヤ:四皿目
 帰国の日、マドリッドの空港でパエリヤの鉄皿が売られているのを見つけた。それはただの鉄皿ではなく、スープとお米の付属するパエリヤセットだった。そうか、本当においしいパエリヤは自分で作らなければ食べられないということか。結構重くて邪魔になるこのパエリヤセットを購入し、帰国してから自分で作って食べてみた。日本のスーパーでは手長エビを売っていなかったので、代わりにシャコを買った。ムール貝を売っていなかったので、代わりにアサリを買った。しかし、ご飯を炊くのがやはり難しかった。ふたがないので水はどんどん蒸発していくし、かき混ぜられないので底の部分は焦げ付いてしまう。気が付くと上部はリゾットのようになっていた。食べてみると、これが結構生臭い。やはリシャコではダメだったのか。
 
 う―ん、これは奥が深い。以前何かで「欧米人は虫の鳴き声の妙や魚介類の出汁の旨みを感じることができない」という話を聞いたことがある。実際そうだと思わされることもあるが、パエリヤを食べるスペイン人は少なくとも魚介の出汁の旨みを日本人と共有しているのだと思う。しかしお米のうまい炊き方については?今後欧米人と和食を食べる際には、ご飯の炊き方についての議論を深めるとしよう。